FA制度の導入によって、メジャーリーガーの年俸は高騰した。
FAができる前の1975年、最高年俸はヤンキース、キャットフィッシュ・ハンターの64万ドルだったが、85年はフィリーズ、マイク・シュミットの213.8万ドル、95年にはタイガース、セシル・フィルダーの923.75万ドルになった。このため年俸を支払いきれない球団経営者は続々退場したが、これに代わり事業意欲のあるビジネスマンが参入して、MLBは経営改革が進んだ。
MLBの「FA制度」では6年間同一チームでプレーした選手は、球団が契約しない限り自動的にFAになった。チームに残るのはFA年限前の選手と、契約継続中の選手だけだった。毎年、オフになると数百人ものFA選手リストが出ることになった。FA制度によって選手の「流動性」が劇的に高まったのだ。
FAは選手の権利拡大ではあったが、同時に経営者にとっても「経営の自由度」が上がる結果となった。
カネ持ち球団が得をする日本のFA制度
これにならい、NPBでも1993年から「FA制度」が導入されることになった。
プロ野球選手会は以前から「FA制度」を要求していたが、ドラフトで「逆指名制度」を導入したことで「選手の権利拡大を」という機運が醸成され、導入が決まったのだ。
しかしここでも日本球界は、アメリカの形だけを真似るという結果になった。NPBのFA制度は、MLBのそれとは似て非なるものだった。
MLBの場合、FA年限が来れば選手は自動的にFAとなるが、NPBではFA年限が来ても「FA宣言」をしない限りFAにはならず、在籍している球団だけが引き続き交渉権を有する。
NPBにはかつて「10年選手制度」というものがあった。プロ入りから10シーズン以上現役選手として同一球団に在籍した選手のうち、コミッショナーが指名した選手は「10年選手」となり、「ボーナス受給」または「移籍の自由」のどちらかを選ぶことができた。400勝の大投手、金田正一はこの「10年選手制度」によって国鉄スワローズから巨人に移籍した。
しかしこの制度は、費用の高騰を嫌った球団経営者によって1975年に廃止されていた。
NPBのFA制度は、実質的には「10年選手制度」の復活でしかなかった。FA宣言するのは、各チームのスター選手。そしてFA選手を受け入れるのは高騰した年俸を支払える限られた金満球団だけだった。