2.和平交渉のこれまでの経緯

(1)過去の和平交渉

 これまで4回の対面での交渉と、1回のオンラインでの交渉が行われた。

 最後の5回目の交渉は、2022年3月29日、トルコの仲介によりイスタンブールで開催された。

 その時は、ウクライナの「中立化」(NATO=北大西洋条約機構非加盟)、ウクライナの「武装解除」、クリミア半島(注1)並びに「ドネツク人民共和国」および「ルガンスク人民共和国」の地位問題などの6項目が話し合われ、合意に近づいた項目もあった模様である。

(注1)ロシアによるクリミアの併合は、国際的にウクライナの領土と見なされているクリミア半島を構成するクリミア自治共和国とセヴァストポリ特別市をロシア連邦の領土に加えるもので、2014年3月18日にロシア、クリミア、セヴァストポリの3者が調印した条約に基づき実行された。

 しかし、それ以降は交渉が行われていない。

 2022年2月24日の侵攻開始当初、ゼレンスキー氏はプーチン氏に対話を求めていた。

 だが、ブチャの虐殺(2022年4月)は、和平交渉にとって大きな転換点となった。

 ゼレンスキー氏は、同年4月4日、多数の民間人が犠牲となった首都キーウ近郊のブチャを訪れ、「ロシア軍がウクライナで行った残虐行為の規模を見るとロシアとの和平交渉は非常に難しくなった」と語った。

 筆者は、この時にゼレンスキー氏は戦争に勝利し、プーチン氏を戦争犯罪で必ず処罰しようと決意したのだと見ている。これ以降、和平交渉機運は急速に萎み、交渉は一度も開催されていない。

(2)両国の対立点

 2022年3月29日、トルコ政府の仲介により、対面形式の停戦交渉がにトルコのイスタンブールで開催された。交渉は大きく次の6つの分野で行われた。

①ウクライナがNATO加盟を求めず「中立化」する。 
②ロシアの脅威になる「武装解除」をした上で両国の安全を保障する。
③ウクライナの「非ナチ化」。
④ロシア語を自由に使えるようにする。
⑤ウクライナ南部クリミア半島の地位を巡る問題。
⑥東部の「ルガンスク人民共和国」および「ドネツク人民共和国」の地位をめぐる問題。

 トルコ政府によると、①から④の4分野では合意に近づいたという。

 しかし、南部クリミアの併合承認や、親ロシア派の武装勢力が事実上、支配している東部地域の独立承認などはウクライナが拒否するなど、主張の隔たりは埋まらなかった。

 また、関係者の話によると、ロシア側が停戦条件の一つに挙げていた「ウクライナの非ナチス化」の要求を取り下げた。

 また、ウクライナ側は2014年にロシアが一方的に併合したクリミア半島について、今後15年間で、外交手段で問題解決を図ることを提案し、領土問題を事実上、棚上げする意向を示唆した。

 ロシア側はクリミアを「自国領」と主張しており、両国が即座に折り合う可能性は低いとみられていた。

(3)新たな対立点

 2022年9月30日、プーチン大統領はモスクワの大統領府で、ウクライナ東・南部4州の親露派トップらを集めて演説し、ウクライナ東部のドネツク州とルハンシク州、南部のザポリージャ州とヘルソン州の、合わせて4つの州の一方的な併合を宣言した。

 その後、親ロシア派トップらと4州を併合する「条約」に調印した。

 また、プーチン氏は2024年6月14日、ロシア外務省の会議で演説し、ウクライナとの和平交渉の条件として、ロシアが一方的に併合宣言したウクライナ4州からのウクライナ同軍の完全撤退と、ウクライナがNATOに加盟する方針について撤回を宣言すること、米欧の対ロシア制裁の全面解除などを挙げた。

 プーチン氏が、具体的な交渉条件を明言するのはこれが初めてであった。ただ、自国領土からのロシア軍の撤退を求めるウクライナには受け入れられない条件である。