藤川球児氏の阪神監督就任会見(写真:共同通信社)

(田中 充:尚美学園大学スポーツマネジメント学部准教授)

 プロ野球・阪神の新監督に、OBで球団本部付スペシャルアシスタント(SA)を務めていた藤川球児氏が就任した。日本一奪回を目指す球団創立90周年の節目の指揮を執る44歳は現役時代、今季まで指揮を執った岡田彰布氏に救援投手としての適性を見出され、絶対的な守護神へと上り詰めた。

 理想のリーダー像にも岡田氏の名前を挙げる。ともに球団の“生え抜き”で、現役時代の人気、実績ともに申し分ない存在の2人だが、引退から監督になるまでの道のりは対照的だった。

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 2軍監督やコーチなどの下積みを経た岡田氏に対し、藤川氏は一度もコーチ経験がない。藤川氏は一方で、理論派の解説は広く世間の支持を集め、X(旧ツイッター)や自身のYouTubeチャンネルで高い発信力を持った。近年は藤川氏のような立ち位置にいる元スター選手が多く、藤川氏の監督としての戦績次第では、次世代の監督モデルにもなりうる。
 
「全て必然。これも運命」。藤川氏は10月15日、大阪市内で行われた記者会見で、新監督就任の心境をこう語った。

 高知商から「松坂世代」のドラフト1位で入団した。当初は女優・広末涼子さんと中学時代の同級生だったことが話題を呼んだ。若手時代は、下位に低迷した1990年代の「暗黒時代」からの脱却を目指し、球団は野村克也氏(1999~2001年)、星野仙一氏(02~03年)という外部から大物監督を招聘した時代と重なる。

藤川氏と中学時代の同級生、広末涼子さん(写真:Pasya/アフロ)

 野村、星野両氏の時代に1軍に定着できなかった藤川氏だが、2軍監督を務めていた岡田氏によって、高い潜在能力が引き出される転機を迎えた。

 藤川氏は当初、先発投手だったが、後に「火の玉ストレート」と呼ばれる球威のある直球がありながら試合中盤になると球威がガクッと落ちていた。岡田氏はそこに着目し、「短いイニングなら」と中継ぎへ配置転換する。

 背番号は22へ変更。これは当時、横浜(現DeNA)や米大リーグで活躍し、「大魔神」と称された絶対的なクローザー(抑え投手)だった佐々木主浩氏にあやかり、岡田氏が「小魔神くらいになってくれれば」と期待を込めたものだった。