ペッチ・ソー・チットパッタナ選手(右)を攻める中谷潤人選手(写真:共同通信社)

(田中 充:尚美学園大学スポーツマネジメント学部准教授)

 2日間にわたり、東京・有明アリーナで開催された日本史上最大級のプロボクシング興行「Prime Video Presents Live Boxing10」で、10月14日に登場したWBC世界バンタム級王者の中谷潤人選手(M・T)は、同級1位のペッチ・ソー・チットパッタナ選手(タイ)に6回2分59秒でTKO勝ちし、2度目の防衛に成功した。

 サウスポーから繰り出す強烈なパンチを武器に29戦無敗(22KO)。強さが際立ち、階級が自身より1つ上にもかかわらず、世界4団体統一スーパーバンタム級王者・井上尚弥選手(大橋)との対戦を期待する声も高まる一方だ。26歳の実力者だが、ボクシング関係者の中での評価にまだ世間の「注目」「人気」が追いつかない。格闘技における「強さ」という絶対的な軸で、知名度や人気が必要な「興行の壁」を突き破れるか。

 会場が一気にヒートアップしたのは、6回だった。左右の連打を浴びせ、77戦で一度もダウンしたことがない挑戦者から最初のダウンを奪う。かろうじて立ち上がった相手に、なおもパンチをまとめ、最後は渾身の左ストレートをたたき込んで、リングへ沈めた。所属が同じマネジメント会社の現役メジャーリーガー、鈴木誠也選手(カブス)や野球解説者の上原浩治氏らが応援に駆けつける中、圧巻のワンマンショーだった。

 WBA、WBC、IBF、WBOの4団体全ての世界王者を日本人が独占する「激戦のバンタム」で、圧倒的な強さを見せつけた中谷選手は今後、他団体の日本人王者との統一戦に強い意欲を見せる。対戦を希望していた井上選手の弟で、WBA王者の拓真選手(大橋)が前日の防衛戦で、堤聖也選手(角海老宝石)に敗れ、当初の念頭に置いていた統一戦は白紙に戻った。

 しかし、世界王者全員が日本人である構図には変わりがなく、リング上での勝利インタビューで次戦のプランを問われると、「チャンピオンなら誰でも。Who’s next?(次は誰?)って感じです」と不敵な笑みを浮かべた。

 中学卒業後に単身で渡米して武者修行を積んだ。これまでにWBOフライ級、同スーパーフライ級、そして同バンタム級と世界3階級制覇を成し遂げている。身長はバンタム級としては長身の173センチで、リーチはこれを上回る174センチと驚異的だ。5月に行われた前回の初防衛戦も1回2分37秒という衝撃のKO勝ち。痛烈な左ボディーの1発で相手を仕留め、「強さ」というボクシングにおける絶対的な軸で、自身の評価を高めてきた。

 一方で、ジム関係者が「ナイスガイ」とたたえる温厚で誠実な人間性もあり、マイクパフォーマンスなどは控えめだ。ボクシングには「強さ」だけではなく、「興行」を成立させる知名度と人気が欠かせない。両方を併せ持つ代表例が、「モンスター」との異名を持つ井上選手でもある。

 中谷選手の場合は、その強さに、世間の人気や注目が追いついていないのが現状ともいえる。それを物語るのが、試合翌日のスポーツ紙の扱いだ。