指導経験よりもトーク力や論理的思考、そして当事者意識

 多くの元プロ野球選手が野球解説やSNSなどに参入するが、高い人気と支持を集めているのは一握りという厳しい現実はある。語り口には、トーク力や論理的な思考に基づいた視点が求められる。自民党総裁選で、当初は「大本命」とされた小泉進次郎氏が公開討論などで実力、経験の不足を露呈したように、プロ野球解説やSNSでの発言は、いわばノーガードの衆人環視の中で、球団幹部や球界関係者、ファンから評価される対象で、たちまち評価を落とすリスクすらある。

 藤川氏はこうした状況の中で、自らが持つ見識や理論をわかりやすく披露することで、「指導経験がなくても、監督を任せられる」という高評価につなげたとの見方もできる。これは、コーチ業による球団への貢献度ではなく、外からの評価が監督人事に影響する時代を象徴しているとは言えまいか。

 そもそもチームをマネジメントする監督と、選手の指導に主眼を置くコーチは、そもそもの役割が違うという指摘はかねてからあった。

 グラウンドの外から野球を見ることについては、岡田氏も2度目の監督就任にあたって、チームを指揮することを想定しながら評論活動を行っていた。立場がどうであっても、監督のための準備はできる好例でもある。

 藤川氏は会見の中で、コーチ経験がないことを指摘する声に「全く僕に関係ないことですよね。当事者意識なんで。自分が何をするかしか考えていない。そういう意見、思いがあるのなら楽しんだらいいのかなと思います」と意に介さない。

 また、たどった道が大きく異なる岡田氏を理想のリーダー像に挙げて、「3点ほど取ったゲームを終わらせてくれるような安定の野球。そこは一番ベースにあります」と守り勝つ“岡田イズム”の継承を掲げる。その上で「当然、勝ちに行く」と常勝を目指す。

 “手のひら返し”は、メディアの常套手段でもあり、結果が伴わなければ、経験不足は格好の批判材料となりうる。藤川氏の振るタクトに大きな注目が集まる。

田中 充(たなか・みつる) 尚美学園大学スポーツマネジメント学部准教授
1978年京都府生まれ。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程を修了。産経新聞社を経て現職。専門はスポーツメディア論。プロ野球や米大リーグ、フィギュアスケートなどを取材し、子どもたちのスポーツ環境に関する報道もライフワーク。著書に「羽生結弦の肖像」(山と渓谷社)、共著に「スポーツをしない子どもたち」(扶桑社新書)など。