AWSなどのクラウドサービスを通して日本から資金が流出している(提供:Noah Berger/AWS/ロイター/アフロ)AWSなどのクラウドサービスを通して日本から資金が流出している(写真:Noah Berger/AWS/ロイター/アフロ)

「デジタル赤字」に関する議論では、「デジタル赤字が円安の原因ではない」という指摘も少なくない。「そもそもデジタル黒字は米国だけ」「どうせ米国独り勝ちであり、日本だけ負けているわけではない」との指摘もしばしば耳にするが、データを見れば、米国、英国、EUの三強で、日本のサービス収支はOECD加盟国で最大の赤字である。改めて、デジタル赤字と日本の置かれている状況を整理する。

(唐鎌 大輔:みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト)

デジタル関連収支と円安を巡る誤解

 2023年春に筆者がデジタル赤字の存在に焦点を当てて以降、様々なメディアでこれが取り上げられるようになった。近著『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』の刊行もあり、デジタル赤字にまつわる照会は円安がピークアウトした今でも顕著に増えている。

 一つの論点がテーマ化する過程では、実に多種多様な言説が見られるようになる。その中には、学びのある興味深いものもあれば、全く正しく伝わっていないと感じられるケースも見受けられる。

 最近目にした言説では「デジタル赤字が円安の原因ではない」というものがあった。筆者はここ最近の円安局面において「デジタル赤字を筆頭とする国際収支構造の変容を無視するのは適切ではない」と述べてきたが、たかだが5兆円から6兆円程度のデジタル赤字が円安の真因だと述べたことは一度もない。

 それは日々、事業法人の為替フローが相対的には可視化され、捕捉できる立場から分かり切っている話である。しかし、デジタル赤字に秘められたダウンサイドの大きさに鑑みれば、「今、取るに足らない規模であるから無視しても良い」という話には絶対なるまい。このあたりは近著でも詳しく議論している通りだ。

 また、デジタル赤字は日本のサービス取引が国際競争力を有していないことの結果であるため、これを精一杯拡大解釈して「国力低下が円安の原因というのは言い過ぎ」のような反論を頂戴したこともある。

 過去2年間で無数のレポートやコラムを執筆しているが、「国力低下が円安の原因」という浅薄な解説をしたことなど一度もなく、これに至っては事実誤認としか言いようがない。

 いずれにせよ、「金利差だけで円安を解説するのは不適切」という主張の中、賛否はありつつ、デジタル赤字に象徴されるサービス収支赤字の拡大や戻らぬ第一次所得収支黒字に依存する経常収支黒字の脆弱性などは、過去2年間で確実に為替論壇において注目されるようになった。

 少なくとも2022年初頭にはこうした議論は全くなかったはずだ。

 少なくない市場参加者や為政者がその重要性を認識したといって差し支えなく、その象徴的な動きが神田元財務官による国際収支勉強会の発足であっただろう。円の価値を考察するにあたって、過去10余年にわたる国際収支構造の変容が無関係のはずがなく、日本経済にとって議論の余地なく重要な論点と断言できる。

 なお、「デジタル赤字が円安の原因ではない」と口にする論者のほとんどに共通するのが「そもそもデジタル黒字は米国だけ」といった「どうせ米国独り勝ちであり、日本だけ負けているわけではない」という敗北主義のような考え方だ。

 直感的に正しいように思われる主張だが、特に調べもせず強い主張を放言するのは危険ということの典型的な事例である。

 今春の本欄でも論じた事実だが、その後、OECD統計の数字が刷新されていることもあり、改めて整理しておきたい。なお、OECD統計に関し、全ての国の数字が揃っているのが2022年までゆえ、以下では同年を前提として議論する。