デジタル赤字に伴う外貨流出が続くと何が起きるか

 例えば、2022年で言えば、アイルランドのGNIはGDPの7割程度にとどまっており、国民所得への分配が外資系企業の集積する一部業種(情報通信や金融など)に偏っていることが争点化しやすくなっている。対内直接投資を通じて経済を立て直していこうという日本にとっては学ぶべき経験の多い国がアイルランドだ。

 しかし、「最終的な利益は米国籍の企業に帰属する」からといって、英国やEUがデジタル産業からの外貨流出(デジタル赤字)に直面しているわけではなく、その意味で日本とは大きく異なる。

 とりわけデジタル産業に比較優勢を持たないアイルランドやオランダなどがまとまった幅で外貨を確保できている事実は本来、日本にとっては勇気づけられる話であり、「どうせ米国独り勝ち」といった分析姿勢は思考停止と言わざるを得ない(そもそも以上のような国際比較をせずに「どうせ米国独り勝ち」と思い込んでいるのだから「分析」すらしているとは言えないが)。

 ちなみに、日本のサービス収支は分野を問わず、収支全体で見てもOECD加盟国において最大の赤字であり、サービス取引国際化の潮流に乗れていないこと明らかである(図表③)。

【図表③】

主要国のサービス収支
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 必死に旅行収支の黒字で穴埋めをしても、それ以外のサービス取引から漏れる外貨が多過ぎるという問題は今後、労働供給の制約が厳しくなり、旅行収支黒字のピークアウトが見えている日本からすると厳しい現実と言わざるを得ない。

 足許の金融市場においては、当面、米国の利下げとこれに伴う米金利低下やドル安・円高がテーマになりやすいだろう。だが、これまでも警告してきたようにこれ自体は変動為替相場制の中で想定された話である。

 問題はデジタル分野を中心とするサービス貿易からの外貨流出が今後抑制される目がほとんどなさそうなことであり、そうした国際収支構造の変容を通して中長期的な円安リスクを議論すべきというのが筆者の立場だ。

※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2024年9月17日時点の分析です

唐鎌大輔(からかま・だいすけ)
みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(2022年、日経BP 日本経済新聞出版)。