崩れ始めた「輸出拠点としてのパワー」

 筆者は拙著『アフター・メルケル―「最強」の次にあるもの』において、ドイツは「永遠の割安通貨」である共通通貨ユーロのほか、為替リスクや関税・非関税障壁がない周辺国における需要、東欧から得られる良質かつ安価な労働力などに支えられ、「輸出拠点としてのパワー」を維持できているという点が日本との最大の違いであり、強みであると論じた。

 また、2015年9月の無制限移民受け入れの余波もあって人口減少ペースが鈍化するという点も日本との大きな差異として注目されるものであった(もっとも、その副作用で教育や治安の面でドイツ社会は大変な苦労を抱えている )。

 だが、この「輸出拠点としてのパワー」がいよいよ失われつつあるというのが近況である。

 今回の決定に際し、VW社のオリバー・ブルーメCEOが「ビジネスを行う場所としてのドイツは、競争力という点でさらに後れを取りつつある」と述べた通り、ドイツを巡るビジネス環境は特にパンデミック以降で激変している。

 2022年3月、常々危険だと周囲から諭されていたロシア依存の天然ガス調達はロシア・ウクライナ戦争開戦で途絶し、2023年4月には理想にとりつかれたように脱原発を敢行。もともと高止まりしていたエネルギーコストをさらに押し上げた。

 国外に目をやれば、媚中外交と揶揄されてまで獲得した中国市場も同国の景気停滞や外交上の軋轢もあって先行き不透明感を強めている。

 エネルギーや通貨といった面で安価な生産コストが保証され、中国という巨大な販売先も確実に見込めたからこそ強かったドイツの「輸出拠点としてのパワー」は、とりわけエネルギーの面から崩れ始めている(通貨の面に関しては様々な尺度があり得るので別の機会に議論する)。

 この点、ドイツ商工会議所(DIHK)が2024年8月1日に公表した約3300社の加盟企業に対する調査がドイツ企業の苦境を明示している。

 調査によると、減産もしくは海外への移転を検討している国内企業の割合が37%と、2022年の21%、2023年の32%から増勢傾向にあることが確認されている(図表②)。

 この傾向は特にエネルギーコストが高い企業(エネルギーコストが収入の14%以上に相当する企業)や大企業(従業員500名以上)に顕著であることも指摘されており、これらの企業に関しては概ね2社に1社が減産や移転を検討しているという結果である。

【図表②】


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