ドイツに日本の二の舞はあるのか?

 そうした政治の体たらくに愛想を尽かせた結果が減産や移転の検討という現状に至っているわけだが、筆者はドイツが日本の二の舞になるとまでは悲観していない。

 そもそもドイツにとって最大の輸出先は、域外に限れば米国や中国が大きいが、世界全体で見れば最大の輸出先はEUで50%以上を占める。為替リスクのないユーロ圏に限っても40%弱だ。

 輸出全体に関し、常に40%前後は為替リスクもなく、関税・非関税障壁も気にする必要がない(しかも隣国ゆえ輸送コストも小さい)というのは日本にはない強みである。

 また、人口動態面でも日本とドイツの差は確実に縮小傾向にあり、国連人口予測の数字を前提とすれば2100年までには逆転するという未来も視野に入っている。日本が輸出拠点としてのパワーを維持できていない背景として今や労働力不足は外せない論点となっているが、この点でもドイツが明らかに有利だ。

 もっとも、これは「ドイツが日本のようになるか」という話であり、それは「ドイツが貿易赤字国になるか」という問いでもあることから、ドイツにとってはそもそも遠いシナリオである。

 脱原発路線の修正は検討されず、対露・対中関係も現状のままということであれば、基本的に現状対比でドイツの産業空洞化は進まざるを得ない。それは世界最大の貿易黒字国が曲がり角に差し掛かっている可能性を示唆する話であり、ユーロ相場の中長期的な価値を検討する上でも根本的に重要な話だ。

 日本ほど追い詰められないとしても、盤石な需給構造が保証されていたユーロ相場に1つの欠点が生まれるのかどうかという目線でも、今回のVW社のニュースは注目される。

 例えば、ドイツの貿易収支とユーロ相場は相応に安定した関係があったようにも見受けられる(図表⑤)。

【図表5】

ドイツ貿易収支とユーロ/ドル相場ドイツ貿易収支とユーロ/ドル相場
拡大画像表示

 かつてその関係が崩れる「パリティ割れ」の局面ではドイツ貿易収支が思うほど黒字を稼げていなかったという事実も垣間見える(2022年に関しては一時赤字転落の間際にあった)。

 為替市場の観点からもドイツが「輸出拠点としてのパワー」をどれほど維持できるのかというのは重要な論点である。

※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2024年9月11日時点の分析です

唐鎌大輔(からかま・だいすけ)
みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(2022年、日経BP 日本経済新聞出版)。