2000年代前半の発生数は年50件前後だったが……

 この病気が引き起こす状態は「壊死性筋膜炎」とも呼ばれるが、この名前の通り筋肉を覆っている膜が細菌の増殖によってダメージを受け、細胞が死んで壊死したような状況になっていた。

 このような異常な状態が、一般的な細菌によって引き起こされることがあり、しかもその重症化の仕組みがよく分からないというところに、進歩したと思われた医学の限界を痛感させられた。

 なお、人食いバクテリアとされる感染症は、一部、ビブリオという種類の細菌によって起こるものも知られている。これは塩分に強い細菌で海産物から感染することがある。

 ただ、多くの場合は、A群溶血性レンサ球菌という細菌によって引き起こされる。いずれにしても人を死に至らしめるケースがある点では共通している。

 症例検討会の題材になったのは、珍しいからというのはあっただろう。当時は2000年代前半だったが、国立感染症研究所の統計を見ると、劇症溶血性レンサ球菌感染症の1年の発生数は全国で50件程度だった。都道府県に1年に1回あるかどうかという件数である。

 医学的に貴重な経験として議論の対象になるのは自然だったろう。当時、私が所属した医療雑誌の中で、新規性のある話題を取り上げる「キーワード」という欄で記事を書いたような記憶もある。その意味からも、珍しい病気と認識されていたのだろうと考える。

 そのようなまれな感染症が年間1400件を超えている状況は、異常事態と言っても大袈裟ではない。

 もう少し時期をさかのぼって、この異常性についてさらに確認してみよう。月ごとの発生数を見たのが次ページのグラフだ。