「ピッチクロック」は投手にとって「前例のない脅威」

 上原氏は投手のケガのリスクを軽減する有効策として、滑りやすいと不満の声が上がるボールへの対応などを挙げたほか、日本のプロ野球のように先発投手が登板日以外にベンチ入りしなくてもいい“上がり”の日を設けることなどを提言する。

 また、上原氏が新ルールとの矛盾を指摘したのが、投球間隔を短く制限する「ピッチクロック」だ。メジャーの選手会も今年4月、「ピッチクロック」について、「(投球後)のリカバリー時間が短縮され、健康への懸念は強くなった。選手たちにとって前例のない脅威」などとする声明を出した。日本メディアの報道では、大谷選手も「間違いなく、体への負担自体は増えていると思う」とする見解を示している。

 メジャーリーグが、投手への負担を指摘されても、「ピッチクロック」導入を進めたのは、背に腹をかえられない事情がある。放映権料の高騰などもあり、今季開幕時の選手の平均年俸が498万ドル(約7億2000万円)。ビジネスは成功しているように見える一方、メジャーのファン層の年代は、米4大プロスポーツの中でも高く、若者のファン離れが懸念される。その要因の一つが「試合時間の長さにある」と考え、短縮を掲げる。

 実際、一定の効果はみられた。共同通信が昨年10月に配信した記事によると、「ピッチクロック」を導入した2023年シーズンの延長戦を除く1試合の平均時間は約2時間40分で、過去2シーズンと比べて24~30分短縮された。近年、減少していた球場観戦者数にも歯止めがかかり、総観客動員数が前年比9.6%増加し、17年シーズン以来となる7000万人超えをマークした。

 選手のケガ防止と試合時間の短縮は、いずれも経営的視点からは重要な要素だということは理解できる。

 一方、両方を同時に推し進めるには、上原氏も指摘するようにストライクゾーンの拡大などが効果的だが、投手有利へとルールを変えることは、今度はファンが歓喜するホームランなどの得点機会の減少へとつながる懸念も生じる。選手のケガのリスクを軽減し、試合時間も短縮したい――。厳しい舵取りを迫られている。

田中 充(たなか・みつる) 尚美学園大学スポーツマネジメント学部准教授
1978年京都府生まれ。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程を修了。産経新聞社を経て現職。専門はスポーツメディア論。プロ野球や米大リーグ、フィギュアスケートなどを取材し、子どもたちのスポーツ環境に関する報道もライフワーク。著書に「羽生結弦の肖像」(山と渓谷社)、共著に「スポーツをしない子どもたち」(扶桑社新書)など。