4.ロシア・ウクライナ和平交渉の見通し

 本項は、拙稿「日露戦争と朝鮮戦争から見たウクライナ戦争終結の方法」(2023.6.12)の「ロシア・ウクライナ和平交渉の見通し」を更新したものである。

(1)戦争終結の流れ

 伝統的な戦争終結方法は、休戦交渉、休戦協定の締結、和平交渉、平和条約(又は講和条約)という経緯をたどるとされる。

 ここでの休戦協定は、和平交渉の間の敵対行為を停止させる軍事的側面にとどまり、和平交渉が決裂すれば、敵対行為が再開される。また、休戦には全般的休戦と部分的休戦がある。

 これに対し、平和条約は領土や賠償など武力紛争の政治的・経済的・社会的側面を包括的に扱うものであり、和平交渉が成功した結果として締結され、これにより戦争は終結する。

 しかし、現実はその通りにはなっていない。

 例えば、朝鮮戦争では、休戦協定が締結されたが、平和条約はいまだ締結されていない。また、日露戦争では講和会議の最終段階で休戦協定を締結している。

 ちなみに、「停戦」であるが、「停戦」と「休戦」は、同じ意味で使われることも多く、違いはそれほどはっきりしていない。

(2)ウクライナ戦争の和平プロセス

①休戦交渉:休戦のため主要件に合意する。
②休戦協定の締結:敵対行為の停止
        :敵対軍の隔離
        :停戦監視を任務とした国連平和維持軍の配置
③和平交渉:平和条約のため主要件、特に領土の割譲などに合意する。
④平和条約の締結:

 内容は条約によって異なるが、一般に戦争終了の宣言、外交関係、平和的交通の回復、捕虜の交換などのほか、特に領土の割譲、賠償の支払いなどが規定される。

 以下、筆者が抽出・整理した和平交渉における主要な対立点と、その対立点の妥協案について筆者の考えを述べる。

(3)ロシア・ウクライナ和平交渉の見通し

ア.仲介者

 本来、和平交渉は当事国が直接交渉すればよいのであるが、ゼレンスキー氏は、ロシア軍がウクライナ領から撤退しない限りロシアと対話しないとの立場を明言しているので、仲介者がいないと交渉は始まらないであろう。

 そこで、筆者は国連とトルコによる仲介を期待したい。

 2022年2月のロシアのウクライナ侵略以降、ウクライナの穀物輸出が途絶えていたが、 2023年7月、国連とトルコの仲介で、国連、トルコ、ウクライナ、ロシアによる4者合意によりウクライナ産穀物等の黒海を通じた輸出が再開された。

 この4者合意による穀物輸送の航路の安全確保というのはある意味で休戦協定である。

 国連とトルコには、この4者合意を取り纏めた経験を生かして、和平交渉にも頑張ってほしい。

(2)早急に開始すべき部分的休戦協定

 ロシアによるウクライナ侵攻後、ザポリージャ原発は2022年3月からロシア軍に占拠されている。

 占拠された当初は一部の原子炉が稼働中であったが、2022年9月には、6基の原子炉すべてが停止した状態になった。

 原発のあるザポリージャ州では双方による攻防が続いており、原発の安全が確保されるかは不透明な情勢である。

 2024年6月にスイスで行われた「平和サミット」では、採択された共同声明に「ザポリージャ原発をウクライナの管理下に置く」ことを明記しているが、ロシアは参加しておらず、効果は見通せない。

 国際社会は、できる限り早くザポリージャ原発の安全確保のためザポリージャ原発周辺地域の休戦交渉を開始しなければならない。

 この休戦交渉の仲介役は、穀物輸送船の航路の安全確保に成功した国連(IAEA=国際原子力機関を含む)とトルコに期待したい。

 この際、交渉対象にはチェルノブイリ原発も含めるべきである。

 原子力周辺地域に限定した休戦協定であれば、ロシアとウクライナ両者の妥協点を見つけることも可能であろう。

 原子力事故の怖さを知っている日本が、この休戦交渉の早期開始を国際社会に訴えるべきである。

 筆者は、この休戦が成立した場合には、国連は総会決議により第1次国際連合緊急軍のような平和維持部隊を派遣すべきであると思っている。  

(3)休戦交渉又は和平交渉

 今年になってウクライナ戦場の風向きは大きく変わってきた。

 第1の変化は、米国はじめ西側諸国がウクライナへの資金・軍事支援を再開したことである。

 第2の変化は、米国をはじめ西側諸国が、自国が提供した兵器でロシア領内を攻撃することを容認したことである。

 第3の変化は、「F-16」戦闘機のウクライナへの供与が現実味を帯びてきたことである。

 このような戦場の風向きが変わってきたことにより、戦場においてウクライナがロシアに勝てる見込みが出てきた。

 ウクライナ軍が大勝利を収めれば、ウクライナは休戦協定または和平交渉を有利に進めることができる。

 休戦協定になるか和平交渉になるかは、ウクライナ軍がこれからの戦いでどの程度失地を回復できるかである。2つのシナリオが考えられる。

●第1のシナリオ

 ウクライナの攻勢を受け、大部分のロシア軍がウクライナ領域から撤退する。この場合は和平交渉が開始される。

●第2のシナリオ

 ウクライナの攻勢にもかかわらず、ロシア軍が、ほぼ現在の占領地を維持する。この場合は休戦交渉が開始される。

 休戦交渉も和平交渉も仲介者は国連とトルコで、場所は第5回停戦交渉が行われたイスタンブールである。

ア.シナリオ1の和平交渉の場合

 主要協議事項は、①捕虜と強制移住者(子供を含む)の返還、②ロシア軍のウクライナ領内からの撤退、③ロシアがウクライナに払う賠償金、④戦争犯罪等の処罰、および⑤ウクライナのNATO加盟となるであろう。

①については、捕虜等に対し本国への帰国を希望するかどうかについて直接確認するため中立な送還委員会を設立する。

②については、ウクライナは、ロシア軍のウクライナ領域からの完全撤退を要求するであろう。

 一方、既に大部分のロシア軍がウクライナ領域から撤退したロシアは、クリミヤの併合承認と親ロシア派の武装勢力が事実上支配している東部ドンバスの独立承認を求めてくるであろう。

 最後までロシアが譲歩せず、ウクライナが和平交渉の成立を優先するならば、筆者の考える妥協点は、ロシア軍は2022年2月の侵攻開始前のラインまで撤退し、クリミアの併合承認や東部ドンバスの独立承認の問題は今後15年間で、外交交渉により問題解決を図るとするしかないであろう。

③については、戦争による損害の賠償金は通常、敗戦国が支払うが、ロシアは敗戦国の立場を認めず、支払いを拒否するであろう。

 G7は、ロシアが2022年にウクライナに全面侵攻したのを受け、欧州連合(EU)とともに約3250億ドル(約51兆円)相当のロシア資産を凍結している。

 ところで、国際法上、国家および国家財産は他国の管轄権から免除されるという。いわゆる「主権免除(sovereign immunity)」である。

 この主権免除の原則には例外事項があるが、ロシアのケースは例外には当たらないだろうと見られている。

 従って、約3250億ドル(約51兆円)相当のロシア資産を賠償に充てることはできないようである。

 2022年9月、ウクライナのデニス・シュミハリ首相は、ウクライナの戦後復興費用は、7500億ドル(約103兆円)が必要になるだろうと述べた。

 ウクライナはこのような巨費を単独では調達できないし、ロシアからの賠償金も当てにできない。

 よって、世界銀行、欧州投資銀行(EIB)、欧州復興開発銀行(EBRD)といった国際開発機関が資金供給する必要がある。西側各国政府(日本を含む)、 欧州連合(EU)の貢献も求められるであろう。

④戦争犯罪等の処罰については、自国で裁判可能な場合以外は、国際刑事裁判所(ICC)に捜査を付託するしかない。

 ICCは、「集団殺害犯罪」「人道に対する犯罪」「戦争犯罪」「侵略犯罪」を行った個人を裁く、常設かつ独立した裁判所である。

 2024年3月17日、ICCは、戦争犯罪の容疑でロシアのプーチン大統領に逮捕状を発出した。

 しかし、ICCは容疑者不在の「欠席裁判」を認めないため、訴追には容疑者の逮捕と引き渡しが不可欠である。

 ウクライナはプーチン氏をICCに引き渡せと要求するであろうが、プーチン氏が失脚しない限りその可能性はほとんどない。

⑤実質的に敗北したロシアが、ウクライナのNATO加盟について条件を付けることはないであろう。ウクライナは淡々と加盟手続きを進めるだけである。

イ.シナリオ2の休戦交渉の場合

 休戦協定は、最終的な平和解決が成立するまでウクライナ領域(領土・領空・領海)における敵対的行為の完全な停止を保証するものである。

 主要協議事項は、①捕虜と強制移住者(子供を含む)の返還、②休戦ラインの設定、③休戦を監督する機関の設定、④ウクライナのNATO加盟となるであろう。

①については、上記和平交渉と同じである。

②については、ウクライナは2022年2月24日の侵攻開始時の両軍の接触線を休戦ラインにすることを要求するであろう。

 一方、ロシアは休戦交渉開始時に両軍が対峙している接触線を休戦ラインにすることを要求するであろう。

 ここで、仲介者である国連、トルコの役割が重要である。

 国際法を順守するようにロシアを説得できるかどうかである。両者が譲歩しない場合は、休戦交渉は決裂するであろう。

③について、筆者は、国連は「平和のための結集」決議に基づく緊急特別総会決議により1956年に創設された第1次国際連合緊急軍のような平和維持部隊を派遣すべきであると思っている。

 日本もこの平和維持軍へ要員を派遣するべきである。

④ロシアは、ウクライナの加盟に反対するであろう。ウクライナは、ここは譲歩して、当面はNATOに加盟しないと回答すべきである。

 なぜなら、ウクライナはこれまでに、「2国間安全保障協定」を17か国と締結した。

「2国間安全保障協定」は、締約国は武器や技術の輸出、軍事訓練などでウクライナの防衛力を高める。ウクライナが将来に再び攻撃を受けた際は政治、経済、軍事面で支援するというものである。

 NATOに非加盟でもウクライナの安全は確保されるであろう。