ウクライナへの支援強化でウクライナの攻勢が強まってきた(写真は米陸軍の「M1エイブラムス」戦車(4月27日撮影、米陸軍のサイトより)

 ロシアによるウクライナへの軍事侵攻、いわゆるウクライナ戦争は6月24日で2年と4か月となった。いまだ、ウクライナ戦争の終結に向けての和平交渉再開への道筋が見えてこない。

 これまで4回の対面での交渉と1回のオンラインでの交渉が行われた。

 最後の5回目の交渉は、2022年3月29日、トルコの仲介によりイスタンブールで開催された。その後、ウクライナとロシアの当局者同士の交渉は行われていない。

 侵攻開始当初、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はロシアのウラジーミル・プーチン大統領に対話を求めていた。

 だが、ブチャでの虐殺が和平交渉にとって大きな転換点となった。

 ゼレンスキー大統領は2022年4月4日、多数の民間人が犠牲となった首都キーウ近郊のブチャを訪れ、「ロシア軍がウクライナでした残虐行為の規模を見るとロシアとの和平交渉は非常に難しくなった」と語った。

 これ以降、和平交渉機運は急速に萎み、交渉は一度も開催されていない。

 ところで、2023年5月21日、ゼレンスキー大統領は主要7か国(G7)広島サミットで、ロシアとの戦争終結に向けた国際社会の支援を呼びかけ、7月に世界的な和平サミットを開くことを提案した。

 上記のゼレンスキー氏の提案を受けて、デンマークのラース・ロッケ・ラスムセン外相は、ウクライナとロシアの和平を目指す各国による首脳会議(サミット)を同国で開催したいとの意向を表明した。

 そして、2023年6月24日、デンマークのコペンハーゲンで、ウクライナとG7、グローバルサウスの政府高官が集まり、ウクライナの平和の実現に向けた会議が行われた。

 会議には、ウクライナとG7、南アフリカ、サウジアラビア、ブラジル、インドなど、グローバルサウス各国の安全保障担当の政府高官が参加した。日本からは、秋葉剛男・国家安全保障局長(NSS局長)が出席した。

 続いて、2023年8月5日、サウジアラビアはウクライナや欧米諸国、中国、インドなど約40か国の国家安全保障顧問や各国代表を西部の商業都市ジッダに招き、ウクライナ和平会議を開催した。

 日本からは、山田重夫・外務審議官および松田邦紀・駐ウクライナ日本国特命全権大使が出席した。

 サウジアラビアは、2022年2月にロシアとウクライナの間で衝突が生じて以来、中立を保ちつつ、両国間の仲裁役の1か国として積極的な動きを見せてきた。

 一例を挙げれば、2023年5月にジッダで開催されたアラブ連盟首脳会議の際、ウクライナのゼレンスキー氏を招いた。

 さて、2024年6月15~16日、ウクライナが提唱する和平案について話し合う国際的な和平サミットがスイスで開催された。

 サミットを主催するスイス政府は、92か国の首脳・閣僚らと、8つの国際機関の代表が参加したと発表した。

 日本からは、15日のオープニング・全体会合には岸田文雄首相が、16日のセッションには秋葉NSS局長が出席した。

 今回の会議では、多くの国の合意を得るため、重要項目である「領土保全の回復」や「ロシア軍の撤退」は議題とせず、「原発の安全確保」「食料安全保障」「捕虜やロシア側に連れ去られた人々の帰還」の3項目に絞って議論された。

 会議後の共同声明では、「ロシアによる戦争が甚大な人的被害と破壊をもたらした」と非難し、「ウクライナを含むすべての国家の主権、独立、領土保全の原則」が改めて確認された。

 また、「原発の安全確保と核使用の威嚇禁止」「ウクライナの農産物の安全かつ自由な輸出」「強制連行されたウクライナの子供たちを含む市民の帰還」が盛り込まれた。

 ただ、共同声明にはグローバルサウスの一部が署名を見送り、ロシア非難を強める西側諸国との温度差も浮き彫りになった。

 共同声明には、インド、インドネシア、南アフリカ、サウジアラビアなどが署名をしなかった。中国は不参加、オブザーバーとして参加したブラジルも署名しなかった。

 主催者が配布したリストによれば、会議に参加した国・機関のうち、共同声明に署名したのは84にとどまった。

 ちなみに、ロシアと良好な関係にあると見られているハンガリーやセルビア、トルコは平和サミットに参加し、かつ共同声明に署名している。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、「このサミットで分かったことは、国際的な支持は弱まるどころか強まっているということだ」と述べ、成果を強調した。

 また、特別グループを設置し、行動計画も作成するなどして和平案の実現に向けた議論を進め2回目のサミット開催を目指す考えを示した。

 一方、サミットを主催したスイスのヴィオラ・アムヘルト大統領は会議の意義を強調しつつ、「いつ、どのようにしてロシアを和平プロセスに参加させるかという重要な課題が残った。永続的な解決には、双方の当事者が関与する必要がある」と述べた。

 一方、ロシアのプーチン大統領は、スイスでの「和平サミット」直前の2024年6月14日、ロシア外務省の会議で演説し、ウクライナとの和平交渉の条件として、ロシアが一方的に併合宣言したウクライナ4州からのウクライナ軍の完全撤退と、ウクライナが北大西洋条約機構(NATO)に加盟する方針の撤回を宣言すること、米欧の対ロシア制裁の全面解除などを挙げた。

 プーチン氏は、かつて「ロシアは世界最大の領土」「さらに増やす野心はない」と語っていた。

 ところが、今は領土的野心をあらわにした。盗人猛々しいとはまさにこのことである。

 ゼレンスキー氏は、「和平サミット」で国際的な結束を示してロシアに外交圧力をかけ、最終的にウクライナが提唱する和平案をプーチン氏にのませたい考えであるが、筆者は「サイコパス」のプーチンには効かないであろうと見ている。

 脳科学者の中野信子氏は、著書『サイコパス』の中で、歴史的な英雄や指導者もサイコパスであった可能性があると指摘する。

 彼らは良心や共感性が欠如しているので、他者の痛みや苦しみを理解することがない。

 しかしその一方、リスクへの不安も感じないので、プレッシャーにさらされても極めて冷静な判断を下し行動できるとも指摘している。

「サイコパス」のプーチン氏を和平交渉に引きずり出すには、ウクライナは戦場で勝つしかない。

 なぜならば、和平交渉の動機の一つは勝算の大小であるからである。

 すなわち、和平交渉を動かすのは戦場の結果である。そして、戦場で勝利を得たものが和平交渉を有利に進めることができる。

 以下、初めにこれまでの和平交渉の経緯について述べ、次に、ゼレンスキー氏が提示する10項目の和平提案について述べる。

 次に、ウクライナへの軍事侵略に関するプーチン氏の発言について述べ、最後にロシア・ウクライナ和平交渉の見通しについて述べる。