2.ゼレンスキーによる10項目和平提案

(1)全般

 ゼレンスキー氏は2022年11月15日、インドネシアで開催されたG20首脳会議でビデオ演説し、ロシアによる対ウクライナ戦争の終結に向けた10項目からなる「平和の公式(Peace Formula)」を提案し、今こそロシアの戦争を止めるべきであり、それは可能だと訴えた。

 その提案の経緯としては、2022年11月に、米国のバイデン政権がウクライナ側にロシアとの和平交渉を一切拒否する姿勢を改め、前向きな姿勢を示すよう勧めていたとされる。

 いわば、ロシアとの和平のテーブルに戻るべきという外部からの圧力が強まるなかで提示されたのが、「平和の公式」である。「平和の公式」は、一般的にはウクライナ側の「和平案」とも言われる。

(2)10項目の内容

 以下は、ウクライナ大統領府が公表したテキストを筆者が翻訳したものである。

①放射線と原子力の安全
②食料安全保障
③エネルギー安全保障
④すべての捕虜と強制移住者の釈放
⑤国連憲章の履行と、ウクライナの領土保全と世界秩序の回復
⑥ロシア軍の撤退と敵対行為の停止
⑦正義(戦争犯罪を裁き正義を回復するための特別法廷の設置)
⑧環境破壊の防止
⑨ロシアによる再侵略の防止(「キーウ安全保障協定」(注1)への署名)
⑩終戦の確認(戦争の終結を確認する文書への署名)

注1:キーウ安全保障協定とは、2022年9月13日、専門家グループが作成・提案した新たなウクライナの安全保障の枠組み案である。ウクライナの中立化を否定し、NATOに加盟するまでの期間中、法的拘束力のある条約で米欧などがウクライナの防衛力強化を支援するという内容である。

(3)筆者コメント

 上記10項目の中で、大きく進展しているのは第9番目の「キーウ安全保障協定」である。

 NATO首脳会合(2023年7月12日)の折、G7首脳およびウクライナのゼレンスキー大統領が出席して、「ウクライナ支援に関する共同宣言(2023年7月12日)」が発出された。

 同宣言に基づき、各国(G7およびNATO加盟国)は、ウクライナとの2国間安全保障協定(法的義務の伴わない行政協定)を結び、武器供与などを行うことになった。

 すなわち、ウクライナが要望した「キーウ安全保障協定」は、「2国間安全保障協定」に形を変えたのである。

 これまでに、ウクライナと「2国間安全保障協定」を締結したのは、①英国(2024年1月12日)、②ドイツ(2024年2月16日)、③フランス(2024年2月16日)、④デンマーク(2024年2月23日)、⑤イタリア(2024年2月24日)、⑥カナダ(2024年24日)、⑦オランダ(2024年3月1日)、⑧フィンランド(2024年4月3日)、⑨ラトビア(2024年4月11日)、⑩スペイン(2024年5月27日)、⑪ベルギー(2024年5月27日)、⑫ポルトガル(2024年5月28日)、⑬スウェーデン(2024年5月31日)、⑭ノルウェー(2024年5月31日)、⑮アイスランド(2024年5月31日)、⑯米国(2024年6月13日)、⑰日本(2024年6月13日)の17か国である。

 日本の場合は、「2国間安全保障協定」を、「日本国政府とウクライナとの間のウクライナへの支援及び協力に関するアコード」と称している。

 アコードとは協定のことである。なぜ、日本政府は協定を使用せずアコードとしたのか。

 安全保障協定とすると、軍事的結びつきが強く感じられるからではないかと推察する。政府は、何と姑息なことをするのかと筆者は思う。

 国連憲章と国際法に明確に違反し、ウクライナに軍事侵攻したロシア軍に対して、自由と民主主義のために必死に戦っているウクライナを支援することは何ら恥じることではない。

 筆者には、見て見ぬふりをする「平和国家のブランド」よりも、「義を見てせざるは勇なきなり」という日本古来の武士道精神の方が性に合っている。