「御料理茅乃舎」と「茅乃舎だし」で知られる久原本家。同社が本社を置く久山町は、豊かな自然環境と独自のまちづくりで知られる。「茅乃舎」が生まれた背景と根底に流れる思想、それを育んだ久山町のまちづくりの哲学を解き明かす。その3回目。
※第2回「高齢化率が低下し始めたのはなぜか?久山町で実現したヘルシーな人口増の秘密」から読む
(篠原 匡:編集者・ジャーナリスト、蛙企画代表)
※著者がナビゲーターを務めるテレ東ビズ「ニッポン辺境ビジネス図鑑~福岡県久山町編~」も併せてご覧ください!
久山に残された自然環境という資産。それを未来につなげるために、久山町ではさまざまなプロジェクトが進んでいる。例えば、CO2吸収の「見える化」による農作物の付加価値向上だ。
久山町はソフトバンクと共同で、「e-kakashi(イーカカシ)」と呼ばれるセンサーを町内の田んぼに設置している。それぞれの場所の気温や湿度、日射量、CO2吸収量などを可視化することが目的だ。そのデータは、町役場に設置されたディスプレイで常時、公開されている。
もっとも、データの可視化は、あくまでもプロジェクトの第一段階に過ぎない。今後は、データとして表れるCO2吸収量をカーボンクレジットとして国内外の需要家に販売すると同時に、CO2吸収量を付加価値として消費者に訴求し、久山町産の農作物の価値向上につなげようと考えている。
「カーボンクレジットだけで一次産業に従事する人が潤うかといえば、全然足りません。久山という町がどれだけ脱炭素に貢献しているのか、それを実際の吸収量という形で示すことで、久山町の農産物の価値を消費者に認めてもらい、生産者に還元するような循環を作りたい」。そう西村町長は語る。
センサーの設置には、CO2の「見える化」だけでなく、農業の「スマート化」という狙いもある。
町内の生産者も高齢化が進んでおり、担い手の確保と育成が急務。しかも、気候変動の影響で生育環境も変わっている。その時に、これまでのような経験と勘に頼った農業では新規就農者も参入しづらい。そこで、圃場ごとのデータを取り、必要な作業と時期をナレッジとして共有しようとしているのだ。
久山町は2022年3月、CO2吸収量が排出量を上回る「カーボンネガティブ」と、生物多様性と生態系を回復させる「ネーチャーポジティブ」を目指すと宣言した。先に挙げた「見える化」や「スマート化」は、久山町が誇る「自然資本」をさらに増やしていくための取り組みだ。