名古屋城 撮影/西股総生(以下同)

◉名古屋城の木造天守再建問題を考える(前編)
◉名古屋城の木造天守再建問題を考える(後編)
◉名古屋城の木造天守再建問題で本当に心配なこと(前編)

木造復元案の本当の問題点

 高度経済成長期に建てられたコンクリート製天守の老朽化問題を、どうするか?

 前回挙げた4案のうち、もっとも期待がふくらみそうな木造復元案には、長期的にコストがかさむという問題点があることを指摘した。ただ、木造復元案の問題は、それにとどまらない。

広島城天守。原爆によって倒壊消失し戦後に外観復元された。鉄筋コンクリートによる復元には、二度と焼失しないようにとの願いも込められている

 ほとんどの天守には、名古屋城のような詳細な調査資料がないのだ。いや、名古屋城が例外といった方がよい。写真等から外観が判明する天守は少なくないが、内部の構成(間取り)や木組みはわからない。他の城の例から類推するしかないのだ。これではたして、「考証的に正しい復元」といえるか、どうか。

 市長が、「専門家の先生にお願いして綿密な考証を重ねてもらいました」といえば、もっともらしく聞こえるかもしれない。しかし、論理的に考えるなら本当は、特定の研究者の説に基づいた推定でしかない。

掛川城天守。1994年に木造で「復元」されたが、江戸時代の絵図に描かれたものとは似ても似つかない姿をしている。設計者の妄想の産物というほかない

 筆者が心配するのは、ここだ。

 天守を木造で復元するには、さまざまな考証や建築上のノウハウが必要となる。しかし、そのようなノウハウを持つ研究者や建設業者は、極めて限られる(というか、ほとんどいない)。そんな状況で、名古屋城天守のような人目をひく大型プロジェクトを手がければ、強力な実績になる。

伊賀上野城天守。戦前に木造で建てられた珍しい例だが史実には則っていない。五重天守の建っていた天守台に三重天守を建てているため、天守台が大きく余っている

 プロジェクトを成功させた建設業者と研究者は、大いに実績をアピールして営業に精を出すだろう。何せ、天守の木造復元を独占事業として全国展開できるのだ。

 当然、復元構想のある自治体は飛びつく。「名古屋城を手がけられた専門家の先生と、実績のある業者にお願いして…」と、議会や市民に説明できるからだ。皆さんご存じの通り自治体の首長というのは「何々の建設に何億円かけました」と自慢したがる人種である。

小倉城天守。高度経済成長期に「復興」されたコンクリ天守の一つ。本物の天守は破風のない形だったが、破風を多用した姿に「復元」されてしまった。建物が耐用年限に達した場合の対応を問われる「どうする天守」の代表例

 その場合、名古屋城天守がバリアフリー非対応で復元されれば、それが「実績」となる。つまり、身障者が入城できない木造天守が、観光施設として全国各地に次々と建ってゆくのだ。