もし室温超伝導が実現すれば、世界の常識が変わるが・・・。(画像はイメージ) Image by: U.S. Department of Energy.

(小谷太郎:大学教員・サイエンスライター)

 さる3月、米国ロチェスター大学のランガ・ディアス博士の研究グループが、室温で超伝導状態を実現したと発表しました。もしも本当ならば、産業に革命をもたらし、社会を変え、エネルギー問題も環境問題も片っ端から解決する大発見、人類の夢がついに実現です。

 しかしこの報告を超伝導の専門家は手放しで喜んだわけではなく、業界の反応は複雑でした。なぜなら、ディアス博士が共著者になった論文がかつて、不自然なデータ処理を指摘されて、撤回されたことがあったからです。「今回ももしや・・・?」と疑う人や、ディアス博士の他の論文にも疑わしい点があると言う人もいました。

 追試の結果も思わしくありませんでした。ディアス博士の報告した物質は超伝導状態を示さないという報告が相次ぎました。

 しかしついに6月9日(協定世界時)、他の研究グループがディアス博士の実験の再現に成功したという報告が投稿されました。

 もしやこれはホンモノの室温超伝導なのでしょうか? 私たちの社会どうなっちゃうんでしょうか?

 それでは、超伝導ってなんだっけ、というところから、ディアス博士の過去の過ちまで、今回は全部お話しいたしましょう。

超伝導ってなんだっけ

 超伝導とは、低温で物質の電気抵抗が0になる現象です。また同時に「完全反磁性」という奇妙な磁気現象なども現われます。

 1911年、水銀を4 K、つまり-269℃という超低温まで冷やしたところ、電気抵抗が完全に0になることが見つかりました。(最初は測定ミスが疑われたことは間違いありません。)それまでの物理学の常識をひっくり返す発見に世界は驚き、そこから100年以上続く超伝導の研究が始まります。

 超伝導の原理は意外に複雑で、解明には半世紀近い歳月と3人の優れた物理学者が必要でした。超伝導を説明する理論は、ジョン・バーディーン博士(1908-1991)、レオン・クーパー博士(1930-)、ジョン・ロバート・シュリーファー博士(1931-2019)の3人の名前から「BCS理論」と呼ばれます。

 BCS理論は「量子力学」を応用する難解な理論です。普通の金属に普通の電流が流れる際には、電子という粒が金属内部を移動していきます(実はこれもかなり説明が難しい現象です)。超伝導の場合には、2個の電子が「クーパー対」と呼ばれるペアを作り、この運動が電流を担います。「量子力学で記述されるクーパー対の量子力学的な性質がマクロに現われたのが超伝導現象」という曖昧な説明でここは御勘弁ください。

 BCS理論は1972年にノーベル物理学賞を受賞しました。 ノーベル賞の受賞リストには他にも、未来のコンピュータ素子「ジョセフソン効果」、今日も医療現場で多くの腫瘍を見つけている「核磁気共鳴画像法(MRI)」など、超伝導関連の発見・発明がいくつも並びます。