さてどうなる室温超伝導
ディアス博士の発表した物質NLHが本当に室温超伝導を示すかどうか、世界中でたいへん厳しい追試と検討が始まりました。
しばらくは、理論面からも実験からも、出てくるのは否定的な報告ばかりでした。ディアス博士の主張は今回も空振りらしい、という空気が広がりました。中国南京大学のグループは、LNHを合成して追試したものの、超伝導の兆候は見られなかったと報告しました(※7)。(この報告もネイチャー誌に受理されました。編集部の意図は不明です。)
ところが先日6月9日(協定世界時)、イリノイ大学シカゴ校のラッセル・ヘムリー教授のグループが追試に成功したという報告が、インターネット上の論文サーバに投稿されました(※8)。ヘムリー教授のグループが、ディアス博士のグループで作成した試料を借り受けて試したところ、試料の3個に1個は超伝導を示したといいます。(ヘムリー教授は超伝導業界では多くの業績で知られている人物で、ディアス博士の発表には当初から好意的でした。)
これは分からなくなってきました。理論家のいうとおり、NLHは超伝導を示さない物質なのでしょうか。それともNLHが超伝導材料となるには、未知の条件が必要で、コツを知る職人だけが製作できるのでしょうか。それなら条件を解明すれば再現できるでしょう。
撤回された2020年のCSH論文については、真相は明らかになっていません。ネイチャー編集部によって「標準的なやりかたでなく、独自なもの (non-standard, user-defined)」(※6)と判定された不自然なデータ処理は、デベッサイ博士の「単独犯行」によるものなのでしょうか。ディアス博士をはじめとする共同研究者は無実なのでしょうか。
だとしたら、もしも今回の成果が本物ならば、これはディアス博士の逆転ホームランといえるでしょう。
もしかしたら、私たちは100年の超伝導研究がついに社会を変革する瞬間を目撃しているのかもしれません。あと数年以内にこの社会は劇的な変化に見舞われるのかもしれません。
急展開から目が離せません。
※1:N. Dasenbrock-Gammon, E. Snider, R. McBride, et al. 2023, "Evidence of near-ambient superconductivity in a N-doped lutetium hydride," Nature 615, 244.
※2:E. Snider, N. Dasenbrock-Gammon, R. McBride, et al. 2020, "Room-temperature superconductivity in a carbonaceous sulfur hydride," Nature 586, 373. (2022/09/26 撤回)
※3:J. E. Hirsch, F. Marsiglio, 2021, "Unusual width of the superconducting transition in a hydride," Nature 596, E9.
※4:Dan Garisto, 2023, "Allegations of Scientific Misconduct Mount as Physicist Makes His Biggest Claim Yet," Physics 16, 40.
※5:M. Debessai, T. Matsuoka, J. J. Hamlin, J. S. Schilling, K. Shimizu, "Pressure-Induced Superconducting State of Europium Metal at Low Temperatures," Phys. Rev. Lett. 102, 197002. (2021/12/23 撤回)
※6:E. Snider, N. Dasenbrock-Gammon, R. McBride, et al. 2022, "Retraction Note: Room-temperature superconductivity in a carbonaceous sulfur hydride," Nature 610, 804.
※7:Ming, X., Zhang, YJ., Zhu, X. et al. 2023, "Absence of near-ambient superconductivity in LuH2±xNy," Nature, in press.
※8:N. P. Salke, A. C. Mark, M. Ahart, R. J. Hemley, 2023, "Evidence for Near Ambient Superconductivity in the Lu-N-H System," arXiv:2306.06301.