
(西田 亮介:日本大学危機管理学部教授、社会学者)
時代とともに変化する大学
4月に入ってもぐずついた天気が続く。
しかし、そのような気候とは裏腹に、日本社会では4月1日を境に空気が一新される。とりわけ大学という職場に身を置いていると、その感覚はより一層強まる。
今年も多くの新入生が、真新しい期待と、あるいは少しばかりの不安や過去の小さな挫折感を抱えてキャンパスにやってくる。桜の花は、東京ではこの長雨で早々に散ってしまうかもしれないが、若者たちの新たな門出は心から祝福したい。
気がつけば、大学教員として過ごした時間は20年近くになる。長い時間が流れたものだ。そしてこの20年で、大学は良くも悪くも、しかし確実に大きく姿を変えた。おそらく、多くの読者諸兄姉が抱く「大学」のイメージは、自身が通った頃の、あるいはご兄弟やお子さんが経験された時代の「かつての大学」の姿ではないだろうか。
しかし、現代の大学は、その頃とは教育内容も、学生の気質も、社会から期待される役割も、大きく異なっている。
筆者自身、これまで4つの国立大学と私立大学で常勤教員として教壇に立ち、非常勤講師としては東京大学や前任校である東京科学大学から芸術系大学に位置づけられる京都精華大学まで、さらに多様な大学と関わる中で、その変化のダイナミズムを肌で感じてきたところである。
そこには「『大学』というひとつの言葉で括ってしまってよいのか」と思えるほどの違いがある。そもそも英語にも、「University」「College」「Institute」、そして「Academy」や「School」など多様な高等教育や研究機関を表現する語があるわけだが、日本語ではそれらを十把一絡げに「大学」と表現しているのだ。