底堅い経営を続けるひたちなか海浜鉄道。ラッピング車両による広告も貴重な収入となる(写真:池口 英司、以下も)

ひたちなか海浜鉄道は、茨城県ひたちなか市の勝田から阿字ヶ浦まで14.3kmを結ぶ第三セクター鉄道だ。かつては地元企業の茨城交通が運営する民営鉄道だったが、2008年に第三セクター鉄道としての再スタートを切った。その際、公募によって社長に選出されたのが、現在も社長を続ける吉田千秋氏だ。

それまで富山地方鉄道や万葉線という富山県下の私鉄に勤務していた吉田さんにとって茨城県は特に縁がある土地ではなかったが、コロナ禍前の2020年3月期決算では最終黒字を計上するなど、底堅い営業成績を残してきた。ほかの名物ローカル線と異なり、派手なイベントなどを行うことが少ない同社が、どのようにして基盤を固めてきたのか。吉田社長に話を聞いた。

(池口 英司:鉄道ライター・カメラマン)

やみくもに「廃止反対」を唱えるだけでは維持できない

──吉田社長は、自社のホームページなどで、鉄道は地域と一心同体であるべきだと語っておられます。近年は多くのローカル線が地域密着をうたっていますが、吉田社長がお考えになる鉄道と地域の一心同体とは、具体的に、どのようなことなのでしょうか?

吉田千秋・ひたちなか海浜鉄道社長(以下、吉田):第三セクターとして、ひたちなか海浜鉄道が発足する時に、まず行政が主体となって、市民と力を合わせて鉄道を支えて行こうという指針が定められていました。私の言葉は、それに沿ったものです。

 私は富山県から茨城県に赴任してきたわけですが、最初に、この鉄道沿線では、本当の意味での「第三セクターと市民が共働する」という考え方が浸透していると感じました。

 市民がやみくもに「廃止反対」と唱えるだけでなく、自分たちの力を注がないと、鉄道と地域は維持できないことを住民誰もが理解しています。

「江戸時代には名だたる港町だった那珂湊が、今はずいぶん衰退してしまった。このうえ鉄道までなくなってしまったら、本当に那珂湊という町もなくなってしまうぞ」という危機感が住民の中にあり、単に鉄道を存続させるのではなく「町の機能を維持するために鉄道が必要だ」という高い意識で市民の方が動いてくれていたのですね。

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