ようやく4月になって田辺市にやってきた早貴被告は、市内の自動車教習所に通い、最短で免許証を獲得した。一方、月に二度ほど聖路加国際病院に診察に通っていたドン・ファンはそこでも女遊びを続けていた。高級交際クラブの会員だった彼のもとには、毎日のように交際クラブから女性のプロフィールや写真が送られてきていた。そのうちに、そこでミス・ワールド・ジャパンの本選会に出ていた女性と知り合った。

入籍してすぐに破綻状態になっていた結婚生活

 このころ、野崎氏は吉田氏にこう愚痴をこぼしていたという。

「オレはあんな奴(早貴被告)と結婚しないでミスワールドにすれば良かった」

 入籍からわずか3カ月ほどしか経っていないが、野崎氏と早貴被告の結婚生活は、お世辞にも順調とは言えなかったようだ。彼女にはドン・ファンを労わる気持ちなど皆無で、レストランに食事に行く際にも足の不自由な彼を車から降ろす手伝いもせず自分だけスタスタと店内に入って行くような有様だったし、また自らスーパーでケーキや高級なステーキ肉を買ってきても、彼には勧めることはせずに、自分だけ食べるような生活を送っていたという。

 さらに野崎氏から早貴被告は、新宿区内にあった以前の自宅マンションを引き払うよう言われていたのに、それもしようとしなかった。田辺市で暮らす気などさらさらないことをドン・ファンに見抜かれ、離婚届を突き付けられたこともあったようだ。

 そうした中、18年の5月半ば過ぎ、ドン・ファンは吉田氏の携帯に何度も電話をかけていたという。吉田氏によればこんなやり取りがあったという。

「相談したいことがあるので、こちらに来ていただけませんかね」

――6月初めに野崎さんは都内の病院に来る予定でしょうから、その時に会いましょうよ。

 吉田氏はやんわりと断っていたが、野崎氏からは執拗に電話が来た。

「6月まで待てないんです。なんとか来てくれませんか」

「事件」が起きる5月24日も朝5時ごろから電話が来ていたが、東京から和歌山までそう簡単に出向くことはできない。吉田氏は行くのを渋っていたという。