(文:熊谷徹)
ドイツでついに最後の原子炉3基が廃止された。2011年の福島第一原発事故を受けての12年越しの廃炉は悲願だったはずだが、世論調査では回答者の6割近くが脱原子力に反対。その背景には、ロシア・ウクライナ戦争によるエネルギー価格高騰への不安、気候変動への懸念、さらにチェルノブイリや福島事故の記憶の風化がある。
今年4月15日にドイツで最後の3基の原子炉が廃止された。同国では、約60年続いた原子力時代の終焉そのものよりも、その前日にドイツ公共放送連盟(ARD)が公表した世論調査の結果が注目を集めた。
約6割が脱原子力に反対
世論調査機関インフラテスト・ディマップのアンケートは、2023年4月11日から2日間、1204人の市民を対象に実施された。その調査結果によると、「ドイツの脱原子力政策は間違いだ」と答えた市民の比率は59%で、「脱原子力政策は正しい」と答えた市民の比率(34%)を25ポイントも上回った。
脱原子力についての意見には、年齢によって違いがある。脱原子力に賛成した年齢層は、18~34歳の市民だけだった。この年齢層の回答者の50%が脱原子力に賛成したが、35歳以上の市民のうち、60%を超える回答者が脱原子力に反対した。特に35歳から49歳の働き盛りの世代の間では、67%が脱原子力に反対した。
また脱原子力についての意見は、支持政党によっても異なった。緑の党支持者の82%、社会民主党(SPD)支持者の56%が脱原子力に賛成した。これに対し、キリスト教民主同盟・社会同盟(CDU・CSU)支持者の83%、ドイツのための選択肢(AfD)支持者の81%、自由民主党(FDP)支持者の65%が脱原子力への反対を表明した。
ARDは、「回答者の過半数が脱原子力に反対する最大の理由は、ロシアのウクライナ侵攻以降のエネルギー危機」と見ている。
ARDが公表した世論調査で、「エネルギー価格の高騰について懸念を持っているか」という問いに対しては、回答者の66%が「懸念を持っている」と答えた。「懸念を持っていない」と答えた人の比率はわずか7%、「あまり懸念していない」と答えた回答者の比率も25%にとどまった。
2011年にはドイツ人の過半数が脱原子力を支持
この数字は、2011年3月に起こった福島第一原発事故後の12年の時の経過を感じさせる。今のドイツでは、原子力に対する不安感が薄れたかのようだ。だが12年前には、全くそうではなかった。
福島事故から約3カ月後の2011年6月にドイツで行われた世論調査では、回答者の54%が脱原子力に賛成し、反対する市民の比率(43%)を上回った。私は1990年からドイツに住んでいる。このため、福島事故に対する当時のドイツ政府、企業、メディア、市民たちの反応をつぶさに観察することができた。
ドイツは日本から約9000キロメートル離れている。それにもかかわらず、ドイツ人の反応はパニックに近かった。多くの人々が、ヨウ素剤や線量計を買いに走った。あるドイツ人は、「子どもが遊ぶ砂場が放射性物質で汚染されていないかどうか、線量計で測る」と語った。東日本大震災が発生した翌日の3月12日には、原子力発電の専門家(ドイツ人)が「この事故は、炉心溶融につながるだろう」という見立てをテレビのニュース番組で発表した。
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