ドイツでは、ガスは最も広く使われている暖房方式だ。ドイツ連邦経済・気候保護省によると、2019年には4600万世帯の家庭の48.2%がガス暖房を使っていた。
私はSWMの発表直後、この会社から電力とガスを買っている市民の1年分の負担がどれくらい増えるかを計算した。その結果、年間電力消費量2500kWh、年間ガス消費量2万kWhの標準家庭では、2022年1月に37万2758円だった電力・ガス料金の負担が約37万円増えて、75万1044円になることがわかった。エネルギー費用が1年間で約101%、つまり2倍に増えるという異常事態だ。
ガスや電力料金を引き上げたのは、SWMだけではない。ノルトライン・ヴェストファーレン州ケルン市の地域エネルギー企業ラインエネルギーは、2022年10月1日から家庭用ガスの価格を1kWhあたり7.87セント(11円)から18.3セント(25.6円)に132.5%引き上げると発表した。年間ガス消費量が1万kWhの世帯の年間のガス料金は、960ユーロ(13万4400円)から2002ユーロ(28万280円)になる。またケルンの標準世帯の地域暖房の年間料金は、2021年には407ユーロ(5万6980円)だったが、市民は、「2022年10月1日から暖房料金を約73%引き上げて705ユーロ(9万8700円)にする。また1kWhあたりの電力料金も、2023年1月1日から77%引き上げる」という通知を受けた。
エネルギー費用の高騰は、特に貧しい人々にとっては極めて大きな負担となる。
ドイツ連邦統計庁によると、2022年6月の時点で、就労可能だが仕事が見つからない長期失業者の数は約370万人、病気などで就労できず、生活保護を受けていた低所得者の数は約116万人にのぼった。このうち長期失業者が受け取る援助金は、2023年1月1日の時点で1カ月あたり502ユーロ(7万280円)である。彼らは、この中からガスや電力料金を払わなくてはならない。
またドイツの年金生活者の内、27.8%にあたる約490万人が、毎月1000ユーロ(14万円)未満の年金で暮らしている。彼らにとって、電力・ガス料金が2倍に増えるということは、大きな打撃である。ドイツでは滞納額が100ユーロ(1万4000円)を超えると、エネルギー企業は電力やガスを止めることを許されている。
これまではドイツでも「たかが電気」と考えて、電力購入契約書をきちんと読んだ人は少なかった。このため電力などの料金の大幅引き上げを通告されて、多くの市民が途方に暮れた。
ドイツの多くの町には、消費者保護団体が運営する消費者センターという組織があり、料金の支払いなどに窮した市民の相談や、詐欺的商法や欠陥製品に関する苦情などを受け付けている。ロシアのウクライナ侵攻以降、各地の消費者センターでは、ガス・電力料金に関する市民の問い合わせが例年に比べて急増した。中には、「電力・ガス料金が高くなったので、もう子どもに小遣いをあげられない」と相談窓口で泣き出す母親もいた。
光熱費高騰により倒産する企業も
エネルギー料金の急激な引き上げを通告されたのは、市民だけではない。2022年夏から秋にかけて、多くの企業経営者たちが法外な請求書を突き付けられた。バイエルン州のある中小企業は、地元の電力会社から、「料金を10倍以上に引き上げる」と通告された。
同州東部のプラットリング市にあるヘフェレ社は、バスタブ、シンクの製造、洗面所、浴室、暖房設備の組み立てなどを行っている。従業員数230人の中小企業だ。同社は商品を展示するショールームでの照明、工場および中庭の照明、倉庫で使用する電動フォークリフトなどのために、同市内にある公営電力販売会社(シュタットヴェルケ)から電力を買っていた。
しかしこの電力会社は、2022年9月に、「電力卸売市場での調達価格が高騰したので、これまでの電力購入契約は続けられない」とヘフェレ社に通告してきた。電力会社は、ヘフェレ社の経営者に対し、「2023年1月1日から貴社の電力料金を1kWhあたり5.5セント(7.7円)から70セント(98円)に引き上げる」と伝えた。12.7倍の引き上げである。
製紙業界もエネルギー費用の高騰に苦しんでいる。紙の乾燥には、大量のガスが使われるからだ。ノルトライン・ヴェストファーレン州の有名なトイレットペーパー・メーカー、ハクレ社は、ガス費用の急増を理由に2022年9月9日に裁判所に倒産手続きの開始を申請した。1875年創業のハンブルクの靴メーカー、ゲルツ社も、同年9月6日に倒産した。
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