ドイツ気象庁(DWD)は、1881年以来の気象観測データに基づいて「ドイツの気温の年間中間値は、1881年から2021年までに1.6度上がったことが統計的に確認されている。1881年以来、ドイツで最も気温の年間中間値が高かった年は、2000年以降5回あった。1年間のうち、気温が30度を超える日の数は、1950年代には平均3日だったが、現在では平均9日に増えている。1950年代には、1日の最高気温が零度未満の日の数が1年あたり平均28日だったが、現在では平均19日に減っている」と報告している。
特にドイツ人に強い不安を与えたのが、2021年7月にドイツ西部のラインラント・プファルツ(RP)州やノルトライン・ヴェストファーレン州などを襲った記録的な集中豪雨と土石流だった。ドイツでは183人が死亡したが、この死者数は1962年にドイツ北部を襲った洪水(347人が死亡)に次いで2番目に多かった。つまり犠牲者数では、過去59年間で最悪の気象災害だった。
RP州のアール川に面した町や村は、まるで絨毯爆撃を受けたかのように、深刻な損害を受けた。ドイツ保険協会(GDV)によると、この洪水が原因で、2021年の気象災害による保険損害額は127億ユーロ(1兆7500億円)という過去最高の額に達した。2021年7月18日に水害現場を訪れたメルケル首相(当時)は、「この惨状を前にして、私は語るべき言葉がない。過去数十年間に、深刻な気象災害が頻発している。我々は、気候変動と戦う努力を強めなくてはならない」と述べ、この災害と気候変動の間に関連があるという見方を打ち出した。
欧州で脱原子力国は少数派
実は、欧州全体で見ると、脱原子力国は少数派だ。原発を廃止した国はドイツ、オーストリア、イタリアの3カ国(スイスは2011年5月に脱原子力を決めたが、実際に全原発が廃止されるのは2045年になる。スペインも脱原子力の方針を持っているが、2018年に同国政府は全廃の時期を2028年から2035年に延ばしている)。
一方、英仏や一部のスカンジナビア諸国、東欧諸国などは、原子力を拡大する方針を打ち出している。たとえばフランス、ハンガリー、フィンランドなど11カ国は、今年2月、化石燃料からの脱却を加速するために、原子力発電の拡大を目指す「原子力連合」を結成した。これらの国々は、欧州連合(EU)が義務付けた2050年までのカーボンニュートラル達成のために、再エネだけではなく原子力発電を拡大することも必要だと考えている。
この連合に属するポーランドは現在原子炉を持っていないが、2030年代に米国の支援を受けて最初の原子炉を稼働させる予定だ。ベルギーは2025年までに全原子炉を廃止する予定だったが、ロシアのウクライナ侵攻開始後方針を変えて、運転期間を2035年まで延長することを決めた。フランスのエマニュエル・マクロン大統領は去年、14基の原子炉を新設する計画を発表した。
欧州委員会も、原子力に前向きな姿勢を見せている。EUは、今年1月1日に施行させたタクソノミー(グリーン経済活動のリスト)に関する委任法令の中で、原子力発電を一定の条件下で「気候変動の軽減に貢献し得る経済活動」と認定した。また、欧州委員会は今年3月16日に公表した「ネット・ゼロ産業法(NZIA)案」の第3条でも「廃棄物の量が少ない、SMRなどの進歩した原子力テクノロジー」を、「非炭素化に大きく貢献する技術」と定義した。NZIAは、EUが2050年までにカーボンニュートラルを達成するために、グリーン産業を支援する枠組みを設定する重要な法案だ。
ドイツの野党CDU・CSUは、2025年の連邦議会選挙を視野に入れて、ドイツでの原子力カムバックの必要性を訴えている。こう考えると、ドイツが最後の3基の原子炉を廃止した後も、原子力の将来をめぐる議論が続くことは確実だ。

熊谷徹
1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。
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