雨の中、傘を差して待っていた国鉄総裁

 この日はもう一人の人物とアポをとっていた。杉浦喬也国鉄総裁だ。一日で労使トップの顔を見るのも面白い。

 降りしきる雨の中、世田谷区の自宅に向かった。甲州街道でタクシーを降りると前方に傘をさした国鉄総裁が迎えに来ていた。

「家は分かりづらくてね。迷わないように立っていました」

 国鉄総裁自らが若僧を雨の中で待っていてくれたのには驚いた。

 家に上がり話を聞いた。

「さっきまで動労の松崎さんと会っていまして、酒まで飲まされましたよ」

 と話すと

「ほーそれは……」

 と杉浦氏が微かに微笑んだ。

 眼鏡から覗くくっきりとした二重。生真面目そうだが気さくな雰囲気の持ち主だ。だだし、話を始めると、出てくる言葉は一語一語が慎重に選ばれていた。さすがにそこは元官僚の性なのだろう。

 以下は杉浦総裁とのやり取りだ。

 私は今回の民営化にあたって、政府と組合の板挟みの立場を労い、なぜ民営化が必要なのか? 何万という組合員は今後新会社に再雇用されるのか?などを中心に質問した。

「あなたも鉄道が好きならローカル線の現状をご存知ですよね。赤字赤字でどうにもならんのです。国家が運営する組織で金を稼いでいるのは専売公社と国鉄です。自衛隊など他は金は稼げません。だから民営化して国民により良い輸送サービスが出来るようにならないと」

「赤字赤字と言われますが、例えローカル線の収益が恐ろしく少なくても、これは過疎地域に対するナショナルサービスではないのでしょうか?」

「ですから民営化した各地の鉄道会社が国に頼らず存続して、地域のお客様に御迷惑がかからないように努力すべきと考えます。私鉄大手の旅客サービスははっきりいって人数ばかりいる国鉄より上です。国鉄も国に頼らず独り旅をしなければね」

「国労、動労などの組合員は全員新会社に行けるんですか?」

「それはまだ言えませんが、動労は協力すると意志表明しています。問題は国労です。はっきり民営化反対を打ち出していますから……」

 こんな話が暫らく続いたあと、話は民営化から脱線し、私は子供の頃に機関士になりたかった事やブルートレインへの愛着の話をした。杉浦氏はウンウン頷きながら私のとりとめもない話に耳を傾け、話が結構盛り上がった覚えがある。