(矢守 亜夕美: 株式会社オウルズコンサルティンググループ プリンシパル)
「推し活」とは、特定のアイドルやタレント、キャラクターなどを応援する活動全般を指す言葉だ。応援する対象を「推し」と呼び、ライブやイベントへの参加、グッズの購入、ファン同士での交流などの活動、つまり「推し活」を楽しむ消費者が増えている。
博報堂が今年2月に発表した調査レポートによれば、今や日本では3人に1人が「推しがいる」と自認しており、若年層ほどその割合が高い。10代男性では57%、10代女性ではなんと83%が「推し」がいると回答している。「推し」がいる人は可処分所得の4割近くを「推し活」に使っているという。
矢野経済研究所の調査によれば、推し活の主要ジャンルであるアイドル・アニメ市場は併せて4000億円(国内)を超えており、その他の関連市場も含めて、近年の「推し活」ブームに伴う更なる拡大が期待されている。
「推し活」は人々の生活を豊かにしてくれるものであり、日々の楽しみや生きがいをもたらしてくれる活動だ。「推し活」を通じて、新たな友人やコミュニティなど社会的なつながりを拡大することもできる。企業にとって大きなポテンシャルを持つ、魅力的な市場であることも確かだ。
だが近年、「過剰な推し活」および「推し活依存」への懸念が注目されつつある。楽しいはずの「推し活」が、推す側・推される側の尊厳や生活にリスクをもたらしてしまう例が増えているのだ。
「推し活」と「倫理」の関係性を考える本連載の第1回として、本稿では、「推し活」に潜むリスクと課題を取り上げたい。
「投げ銭」で生活破綻、親のカードを使い込む子どもも
昨年、「推し」への「投げ銭」がどうしても止められず、苦境に陥った男性が、自宅に放火して逮捕された事件が話題を呼んだ。
「投げ銭」とは、ライブ配信などで、ファンが好きな配信者やコンテンツに送金できる仕組みであり、近年、普及した新たな「推し活」の形態だ。推しへの応援の気持ちを直接示せることに加え、直接お礼を言ってもらえたり、コメントを読んでもらえたりすることもあり、ファンとしての充実感に繋がる。
だが喜びが大きい分、依存性もきわめて強いようだ。
先述の男性は、ライブ配信アプリ上で女性歌手を応援していたが、収入の約3分の1を投げ銭に注ぎ込み続けた結果、経済的に困窮して自殺を図り、自宅に火を放ったという。
裁判の中で「やめたいけど、やめられなかった」「(投げ銭を)いっぱい投げれば(視聴者の間で)上位になったり、ハンドルネームを連呼してもらったりして、それが生きがいになってしまった」と、当時の心境を語っている。
◎手取り月25万円から“推し活”で投げ銭8万円…自宅を放火した53歳の男が抱えた「むなしさと不安」(TBS NEWS DIG)
国民生活センターによると、投げ銭をめぐる相談やトラブルはここ数年で増加している。「のめりこんでしまい、高額の課金を払えなくなった」「子どもが親のクレジットカードを勝手に使い、多額の投げ銭を行っていた」などの相談が多く寄せられているという。
手元にスマホさえあれば気軽に「推し」を支援できる反面、一歩間違えば課金の底なし沼に落ちてしまいかねない。また、逮捕された男性が語るように「推し活」が趣味の範疇を超えて依存の対象となった時、ファンは「自分には他に何もない」と思い込み、人生を犠牲にしてしまうことすらあるのだ。