ゼレンスキー氏はショービズネスで成功を収め、両親に高級車を買ってプレゼントしたことがある。父親は「私には自分の車がある。お前のようなビシネスの成功者は大きな高級車を持つ必要があるかもしれない。しかし学者の私には無用の長物だ。3杯のスープを同時に飲めない。ましてや皿まで食べることはできない」とゼレンスキー氏を叱り飛ばした。

 このエピソードを教えてくれたあと、シャイカン氏は大学構内の1室に案内してくれた。14年以降の東部紛争や今回のロシア軍侵攻で少なくない学生が自ら志願して前線に赴いた。命を落とした学生もいる。ロシア軍が使用した砲弾の破片を手にしたシャイカン氏はコメディーの話をしていた時とは別人のような暗い表情を浮かべた。

ロシア軍が使用した兵器や戦場で犠牲になった学生の遺影が飾られた1室。右はシャイカン氏(筆者撮影)

 ドイツとソ連(ロシア)という2つの大国に挟まれ、戦争だけでなく、人工的な飢饉(ホロドモール)やチェルノブイリ原発事故という大惨事に見舞われてきたウクライナにはコメディー(笑いの精神)で悲劇を乗り越えようという生きる知恵がある。ウクライナの人々にとって笑いは弱さではなく、逆に強さなのだとシャイカン氏は教えてくれた。

「俺たちには鋼鉄のオチ●チンがついている」

 ゼレンスキー氏は、プーチン氏やその操り人形であるヤヌコビッチ氏とは住む世界が完全に異なる人間なのだ。ゼレンスキー氏が育ったクリヴィー・リフは世界的な鉄鉱石の産地としても知られる。街の男たちは「俺たちには鋼鉄のオチ●チンがついている。ゼレンスキーにもな」と豪快に笑う。