3月5日、ウクライナからハンガリーのザホニーに逃れてきた母子(写真:ロイター/アフロ)

(在ロンドン国際ジャーナリスト・木村正人)

核戦力の「特別警戒態勢」移行と原発攻撃の狙い

 ウクライナにロシア軍を全面侵攻させたウラジーミル・プーチン露大統領は2月27日、戦略的核抑止部隊を「特別警戒態勢」に移行させるよう側近のセルゲイ・ショイグ国防相らに命じた。3月4日には南部のザポリージャ原子力発電所を砲撃し、1986年に起きた世界最悪のチェルノブイリ原発事故の悪夢を思い起こさせた。核による威嚇で武器供与など米欧の軍事支援を牽制し、ウクライナを降参させるのが狙いとみてほぼ間違いない。

 ジョー・バイデン米大統領は核の挑発に乗らず冷静に対応した。プーチン氏はこの戦争を勝利に終わらせるため「使える核兵器」と呼ばれる低威力核弾頭をウクライナで使用することをためらわないだろう。非核三原則を掲げてきた世界で唯一の被爆国、日本でも安倍晋三元首相や日本維新の会が米国の核兵器を同盟国が共有する「ニュークリア・シェアリング(核共有)」の議論を呼びかけている。核戦争の恐怖が迫ってくる。

 ベン・ウォレス英国防相は「ウクライナで起きていることから人々の目をそらそうとする試みだ。プーチン氏はレトリックの戦いを繰り広げている」と緊張緩和に努め、米ホワイトハウスのジェン・サキ大統領報道官も「プーチン氏がありもしない脅威を作り出すパターンの一つと見るべきだ」と釘を刺した。米シンクタンク「大西洋評議会」によると、ロシアの核戦力が「特別警戒態勢」に置かれた兆候はまだない。しかし楽観はできない。

 2014年にクリミア併合を強行した際、プーチン氏は「ロシアが主要な核保有国の一つであることを忘れないでほしい。われわれに干渉しないことが最善であることを理解すべきだ」と米欧を牽制した。この時は核戦力を「特別警戒態勢」に引き上げなかったものの、そうすることも考えたと後に明らかにしている。18年には「潜在的な侵略者がロシアを攻撃していると確信した時にだけ、核兵器を使用する用意があり、使用する」と明言した。

 20年のロシア国防文書では(1)核兵器やその他の大量破壊兵器の使用に対して報復する(2)国家の存在そのものが危うくなる――場合には核兵器使用の選択肢を検討することを再確認している。世界の核弾頭数が最大約7万発に達した冷戦時代は相互確証破壊という「恐怖の均衡」が核戦争の抑止力として働いた。現在、世界の核弾頭数は最大1万3131発で、冷戦時代に比べて激減した。

世界の核弾頭数の推移(出所:Arms Control Association)
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