1945年8月9日、ソ連は日本と相互不可侵を定めた日ソ中立条約を破って満州と樺太に侵攻、対日参戦する。不意を突かれて、当地の日本人は逃げ惑い、自決する民間人も少なくなく、捕虜となった日本人はシベリアに抑留され、中国残留孤児を生んだ。日本が8月15日にポツダム宣言を受諾して降伏した以降も、ソ連は千島列島に侵攻を続け、その時に日本から奪い取ったのが北方四島だった。

1945年8月、満州にて、ソ連軍の侵攻に抵抗する日本軍(写真:AP/アフロ)
1945年8月、満州に侵攻したソ連軍(写真:近現代PL/アフロ)

ウクライナを通して北方領土を見てみれば

 北方領土の問題については、ちょうど1週間前に書いた。北京冬季オリンピックが閉幕した翌日の配信だった。その時はまだ、ロシアによるウクライナ侵攻がはじまる以前だったが、すでに米国のバイデン大統領は「私の感覚では今後数日中に起こると思う」「現時点で、プーチン大統領は決断したと確信している」などと表明していた。

【参考】ウクライナを見れば自明、「交渉で北方四島返還を」は能天気すぎ(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68947

 ロシアは国として、北京オリンピックに参加はしていなかった。2014年のソチ大会で国家ぐるみの組織的なドーピングが認められたことにはじまり、22年12月まで主要国際大会から排除されているからだ。それでも、不正に関与していないと証明できた選手は個人資格で「ROC=ロシアオリンピック委員会」として参加を認められていたはずなのに、フィギュアスケート女子シングルの金メダル最有力候補だったカミラ・ワリエワ選手のドーピング疑惑が大会期間中に発覚している。

 あらためてロシアという国は、組織的に違反行為を行っていたところであり、平然と改竄も隠匿もやる。そうまでして身勝手に覇権を握りたがる。

 それを“お国柄”というのであれば、ウクライナへの侵攻は、その映し鏡のようなものだ。プーチン大統領がNATO(北西洋条約機構)の勢力拡大を理由に、自分の思うとおりにならない隣国を武力で乗っ取ろうというのだから、これほど野蛮で厄介な国はない。そんな国が北方領土を日本へ返還するだろうか――私は、そう書いた。

 歴史を振り返っても、その“お国柄”から日本は多大の犠牲を強いられている。ウクライナがそうであるように、北方四島も侵攻を許し奪われたものなのだ。