3. 米国の核抑止力に依存しながら核兵器を「持ち込ませず」の矛盾

 戦後の日本は、核超大国米国との同盟関係を軸に自国の安全保障を図ってきた。その象徴が「核の傘」である。

 もし日本を攻撃すれば、背後に控える米国から核兵器で反撃される。よって、日本への攻撃を思いとどませる「核の傘/拡大核抑止(Extended nuclear deterrence)」の考え方である。

 しかし、日米両国が同盟の基礎とする安保条約には「拡大核抑止」の文言はない。

 米国はどのように日本に対する「拡大核抑止」の提供を約束しているのであろうか。

「核抑止」の文言が出てくるのは、「日米防衛協力のための指針」(通称ガイドラン)である。

 1978年11月28日に閣議了解された「1978年ガイドライン」の中に、「米国は、核抑止力を保持する」と記載されている。

 続いて1997年に改められた「1997年ガイドライン」には「米国はそのコミットメントを達成するため、核抑止力を保持する」と記載され、直近の「2015年ガイドライン」には「米国は、引き続き、その核戦力を含むあらゆる種類の能力を通じ、日本に対して拡大抑止を提供する」と記載されている。

 この「2015年ガイドライン」になって初めて、米国は日本に対する「拡大核抑止」の提供を約束したのである。

 ガイドラインとは、安保条約の運用についての最高の議決機関である日米安全保障協議委員会で合意された日米政府間合意文書という位置づけであり、同ガイドラインは閣議に付議され閣議了解として処理されている。

 このように米国の日本に対する「拡大核抑止」の提供は、ガイドラインという日米政府間合意文書によって保障されているのである。

 さて、1968年1月、 佐藤栄作首相は衆議院本会議において、「非核三原則」「核軍縮の推進」「米国の核抑止力への依存」「核エネルギー平和利用の推進」という核4政策を表明した。

「米国の核抑止力への依存」 が政府の政策であるとの見解を、 日本政府首脳が国民の前で言明したのは、 これが初めてのことであった。

 そして、 この核4政策の表明を契機として、 「米国の核抑止力への依存」 は日本政府の核・安全保障政策の柱として確立・定着したのである。