「西側のガリツィア地方は、歴史的にはハプスブルク帝国に属する地域で、ウクライナ語を使い、宗教はカトリックです。一方、ロシアに近い東側のハリコフ州やドネツク州に住む人々はロシア語を常用し、宗教的にもロシア正教なんです」

 残念ながら、このウクライナを西と東で決定的に異なる地域かのように紹介する、いわゆる「ウクライナ東西分裂論」は、ロシア政権が2014年のウクライナ侵攻の際に好んで用い続けた、典型的な偽情報だ。ウクライナの実態は、このように東西を2つに単純に分けることは不可能である。地図を見ながらその問題を検証してみよう。

(地図作成:Fedir Gontsa)
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 この地図における赤の部分が、佐藤氏の言う西の「ガリツィア地方」(ウクライナ語ではハリチナ地方)、青の部分が佐藤氏の言う「ハリコフ州やドネツク州」(ウクライナ語ではハルキウ州、ドネツィク州)にルハンシク州を加えた地方である。一目でわかる通り、この2つの地方は、ウクライナの西端と東端に位置しているだけであり、あくまで「ウクライナ西部の西端」「ウクライナ東部の東端」に過ぎない。つまり、佐藤氏の説明からは、それ以外のウクライナ大部分(その他の西部・東部、南部、中部)の人々の存在が抜け落ちている。これは、日本で言えば、沖縄県と北海道の住民だけを紹介して「ほら、南と北の住民は言葉も文化も食生活もこんなに違う、だから日本は南北分裂国家」というようなものであろう。

 しかも、ウクライナにおいて特に忘れてはならない点は、その他の大部分の地域に暮らす住民の多くが、ウクライナ語もロシア語も場面によってどちらも使い分けることのできるウクライナ人であり、その彼らがウクライナの人口の大半を占めていることである。

ウクライナは西部でも正教徒が多い

 前述の通り、ガリツィア地方(地図の赤の部分)はウクライナ西部のあくまで一部に過ぎず、あたかも西部全体がガリツィア地方であるかのような言い方は不適切である。通常「ウクライナ西部」という場合は、ガリツィア地方以外に、ヴォリーニ地方、ポジッリャ地方、ブコヴィナ地方、ザカルパッチャ地方などを含む(概ね地図の黄の部分)。

「(西部の住民が)ウクライナ語を使い、宗教はカトリック」という説明については、ガリツィア地方にて、ウクライナ語利用がウクライナで最も盛んであることは間違いないのだが、他方で、同地方の「宗教はカトリック」という表現には問題がある。2015年4月発表の民主イニシアティブ基金実施の世論調査によれば、ガリツィア地方のギリシャ・カトリック教会とローマ・カトリック教会の信者は合わせて約68%であるのに対し、ウクライナ正教会の信者も約30%いることがわかっている。そのため、「ガリツィア地方の住民はカトリック信者」と記述すると、それ以外の3割もの人の存在を無視することになってしまう。

 さらに、キーウ(キエフ)国際社会学研究所の2021年7月の世論調査によれば、ガリツィア地方に限らないウクライナ西部(黄色の部分)全体で見ると、約57%が自らを正教徒とみなしており、自らをカトリック教徒とみなすものは約28%に過ぎない。西部全体では、むしろ正教徒の方が、カトリック教徒よりはるかに多い(約2倍)のである。

ウクライナ人の多くはバイリンガル

「ロシアに近いハリコフ州やドネツク州に住む人々はロシア語を使い宗教的にもロシア正教」という主張も問題が多い(これはロシア政権が特に好むプロパガンダである)。