絶妙手になぜか多い「銀」の駒

 将棋史に残るそのほかの絶妙手を紹介する。

 1971年の名人戦は、昭和棋界の両巨頭の大山康晴十五世名人(同48)と升田幸三実力制第四代名人(同53)が最後に戦った勝負だった。その第3局の中盤の局面で、升田が△3五銀と捨てる手を指すと、周囲をじろりと睥睨したという。それほどの絶妙手で快勝した。同年の名人戦は3勝3敗と拮抗し、升田は最終の第7局に敗れて悲願の名人復位は成らなかった。

 1988年度のNHK杯戦で羽生善治五段(同18)は、大山十五世名人、中原棋聖、谷川浩司名人(同26)、加藤一二三・九段(同49)と、4人の名人経験者を連破して初優勝した。決勝の加藤との対局の終盤の局面で、羽生が▲5二銀と打つ絶妙手を指すと、解説者の米長九段は「オー、やった」と声をあげて絶賛した。

 2020年に渡辺明棋聖(同36)に藤井七段が挑戦した棋聖戦第2局の中盤の局面で、藤井は△3一銀と打って自陣を受けた。多くの棋士が予想しない一手で、好手とは思えなかった。AIも候補手に挙げなかったが、6億手を読んだ時点で最善手と認定した。「AI超え」と評判になったものだ。

 こうした将棋史に残る絶妙手に、「銀」の駒ばかりなのは偶然の一致だろうか・・・。

 盤上で銀は目だった存在ではないが、急所の局面で大きな力を発揮するのは不思議である。

 華やかさはなくても、存在感がある表現として、「いぶし銀」という言葉もある。