文=田丸 昇

最年少でのプロ入り、怒涛の29連勝、さらに最年少での二冠達成と、次々と記録を塗り替える棋士・藤井聡太。最近では雑誌『Number』でも特集が組まれるなど、各界から注目を浴びている。そんな驚異の18歳の強さの理由とは? 棋士で『将棋世界』編集長だった田丸昇さんが天才の実力を棋士の目線で分析。さらに知っているようで知らない将棋の世界をご紹介します。​

2017年5月25日、プロデビューから19連勝を飾った藤井聡太。(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

最年少でタイトルを獲得した天才 

 2020年7月16日、将棋のタイトル戦のひとつである棋聖戦5番勝負の第4局が行われた。高校生棋士で挑戦者の藤井聡太七段は、渡辺明棋聖(36)に勝って3勝1敗とし、最年少記録の17歳11ヵ月で棋聖のタイトルを初めて獲得した。

 その翌日に発行された一般紙やスポーツ紙の朝刊には、「藤井新棋聖誕生」「17歳11ヵ月で最年少初タイトル」「現役最強の渡辺を圧倒」「先読みAI超え」「藤井時代の一歩」「タモリも祝福」「地元の瀬戸でくす玉祝い」など、大きな文字の見出しが一面に載った。将棋界の話題がほぼ全紙のトップ記事になったのだ。

 今回はこれらの見出しの文言を補足しながら、藤井の強さやプロ棋界の仕組みについて紹介したい。

 

大半の棋士が驚いた受けの一手

 棋聖戦は8タイトルのひとつで、60年近い歴史がある。

 従来のタイトル獲得最年少記録は、30年前の1990年に当時五段の屋敷伸之九段(48)が棋聖戦で樹立した18歳6ヵ月。

 今回、藤井と対戦した渡辺は8タイトルのうち棋聖・王将・棋王の三冠を有した現棋界の最強棋士で、「魔王」の異名がある。その渡辺は「勝ち方が想像を超えている。すごい人が出てきたなという感じ」と語り、藤井の圧倒的な強さを率直に認めた。その渡辺は8月に豊島将之名人(30)を破り、伝統と格式が最もある名人を初めて獲得。現在は再び三冠を保持している。

 藤井は渡辺との棋聖戦第2局で、大半の棋士が驚いた受けの一手を指した。一見して好手とは思えなかった。人工知能(AI)を搭載して驚異的に進化している最強将棋ソフトも、合計4億手を読んでも候補手に入らなかった。しかし、6億手を読んだ時点で最善手と認定したという。藤井の読みは、AIを超えていたのだ。

 藤井は王位戦7番勝負でも挑戦し、8月に木村一基王位(47)を4連勝で破って王位のタイトルを獲得した。棋聖と合わせて「二冠」となった。「藤井時代」がいずれ到来する可能性は大いにある。

 

「電車の運転手になりたかった」

 2018年の正月にスポーツニッポン新聞で、藤井が「最も尊敬する芸能人」というタレントのタモリとの対談が掲載され、多彩な話題で盛り上がった。司会者の「将棋と出会わなかったら?」という質問に、藤井が「電車の運転手になりたいと思っていました」と答えると、タモリも「えっ、俺も思っていた。番組で電気機関車を運転したことがあり、興奮しますよ」と語った。両者には意外な共通点があった。

 タモリは「謙虚な姿勢とたたずまいの一方で、誰も思いも及ばないAIを超える一手を放つ豪胆さに、凄い人だと感服しております」と、藤井新棋聖に祝福コメントを送ったのだ。

 

コロナ禍による苦境をバネに飛躍

 藤井は愛知県瀬戸市の出身。新棋聖が誕生した当日の夜、地元の商店街に多くの市民が集まって喜びの声をあげ、直径1mのくす玉が割られた。ちなみに、愛知県在住の棋士のタイトル獲得は藤井が初めてである。

 藤井は2016年10月、最年少記録の14歳2ヵ月で四段に昇段してプロ棋士になった。現在はタレント活動をしていて「ひふみん」の愛称で知られる加藤一二三・九段(80)の14歳6ヵ月の記録を、62年ぶりに塗り替えた。同年12月のデビュー戦では、その加藤九段と対局して初勝利を挙げた。それ以降も勝ち続け、2017年6月にデビューから負けなしで29連勝という前人未到の新記録を達成した。その後も快進撃をしていて、いろいろな記録を作っている。

 そんな藤井に対して、タイトル戦への挑戦が早くから期待されていた。昨年11月の王将戦リーグの最終戦では、広瀬章人八段(33)に勝てば、渡辺王将への挑戦者になった。しかし、終盤の土壇場で悪手を指して逆転負けを喫した。

 さすがの藤井も落胆したようだ。その後、師匠の杉本昌隆八段(51)に「手が見えない」と、珍しく弱音を吐くこともあったという。自身の棋士人生で初めて壁にぶち当たった。

 今年の4月上旬、コロナ禍によって政府から「緊急事態宣言」が発令された。日本将棋連盟はそれを受け、感染防止のために100km以上の移動をともなう棋士の対局を延期した。愛知県在住の藤井は、東京・大阪のどちらの将棋会館にも行けず、4月中旬から5月下旬まで自宅で待機する事態となった。

 しかしそれが藤井にとって、自分の将棋を根本から見つめ直す充電期間となった。高性能の将棋ソフトに徹底的に解析させ、苦手にしていた序盤作戦の克服に努めた。6月上旬に対局が再開されると、連勝して棋聖戦と王位戦で挑戦者となり、二冠のタイトルを獲得した。「災いを転じて福となす」という格言がある。藤井は王将戦の逆転負けやコロナ禍によって苦境に立たされたが、それをバネにして飛躍したのだ。

 

タイトル戦に登場したプロは約4分の1

 私たちプロ棋士が所属する公益社団法人・日本将棋連盟は、棋士が対局した棋譜を主に新聞社に提供し、紙面に掲載された対価として年間単位で契約金を得ている。それが将棋連盟の主要財源になっており、囲碁団体の日本棋院も同じビジネスモデルである。

 プロ棋士が出場する現在の公式戦は15棋戦(女流棋士が出場する棋戦は除く)。そのうち契約金が多い8棋戦(竜王戦・名人戦・叡王戦・王位戦・王座戦・棋王戦・王将戦・棋聖戦)が「タイトル戦」である。競馬に例えると、日本ダービー・天皇賞・有馬記念などのG1レースに当たる。

 なお、メディアがよく使う「8大タイトル」の文言は誤りで、「8タイトル」が正しい。中でも契約金が突出している竜王戦(読売新聞社が主催)と名人戦(毎日新聞社と朝日新聞社が共催)が「2大タイトル」である。ちなみに、公表されている竜王戦の優勝賞金は4400万円(ほかのタイトル戦は非公表)。

 現役のプロ棋士の人数は、今年10月の時点で172人。そのうちタイトル経験者は30人、挑戦経験者は11人。タイトル戦に登場したことがある棋士は合計41人で、全体の約4分の1である。

 私は現役の七段時代の1990年、棋王戦で挑戦者決定戦に勝ち進んだが、タイトル獲得が80期(歴代2位)の大山康晴十五世名人(92年に69歳で死去)に敗れた。一流棋士の証といわれるタイトル戦への登場は、残念ながら叶わなかった。

 タイトル獲得の最多記録は、羽生善治九段(50)の通算99期。今期の竜王戦で大台の100期を目指して豊島竜王に挑戦している。

 次回は、藤井聡太の生い立ちと素顔にせまる。