文=田丸 昇
最年少でのプロ入り、怒涛の29連勝、さらに最年少での二冠達成と、次々と記録を塗り替える棋士・藤井聡太。最近では雑誌『Number』でも特集が組まれるなど、各界から注目を浴びている。そんな驚異の18歳の強さの理由とは? 棋士で『将棋世界』編集長だった田丸昇さんが天才の実力を棋士の目線で分析。さらに知っているようで知らない将棋の世界をご紹介します。
最年少でタイトルを獲得した天才
2020年7月16日、将棋のタイトル戦のひとつである棋聖戦5番勝負の第4局が行われた。高校生棋士で挑戦者の藤井聡太七段は、渡辺明棋聖(36)に勝って3勝1敗とし、最年少記録の17歳11ヵ月で棋聖のタイトルを初めて獲得した。
その翌日に発行された一般紙やスポーツ紙の朝刊には、「藤井新棋聖誕生」「17歳11ヵ月で最年少初タイトル」「現役最強の渡辺を圧倒」「先読みAI超え」「藤井時代の一歩」「タモリも祝福」「地元の瀬戸でくす玉祝い」など、大きな文字の見出しが一面に載った。将棋界の話題がほぼ全紙のトップ記事になったのだ。
今回はこれらの見出しの文言を補足しながら、藤井の強さやプロ棋界の仕組みについて紹介したい。
大半の棋士が驚いた受けの一手
棋聖戦は8タイトルのひとつで、60年近い歴史がある。
従来のタイトル獲得最年少記録は、30年前の1990年に当時五段の屋敷伸之九段(48)が棋聖戦で樹立した18歳6ヵ月。
今回、藤井と対戦した渡辺は8タイトルのうち棋聖・王将・棋王の三冠を有した現棋界の最強棋士で、「魔王」の異名がある。その渡辺は「勝ち方が想像を超えている。すごい人が出てきたなという感じ」と語り、藤井の圧倒的な強さを率直に認めた。その渡辺は8月に豊島将之名人(30)を破り、伝統と格式が最もある名人を初めて獲得。現在は再び三冠を保持している。
藤井は渡辺との棋聖戦第2局で、大半の棋士が驚いた受けの一手を指した。一見して好手とは思えなかった。人工知能(AI)を搭載して驚異的に進化している最強将棋ソフトも、合計4億手を読んでも候補手に入らなかった。しかし、6億手を読んだ時点で最善手と認定したという。藤井の読みは、AIを超えていたのだ。
藤井は王位戦7番勝負でも挑戦し、8月に木村一基王位(47)を4連勝で破って王位のタイトルを獲得した。棋聖と合わせて「二冠」となった。「藤井時代」がいずれ到来する可能性は大いにある。
「電車の運転手になりたかった」
2018年の正月にスポーツニッポン新聞で、藤井が「最も尊敬する芸能人」というタレントのタモリとの対談が掲載され、多彩な話題で盛り上がった。司会者の「将棋と出会わなかったら?」という質問に、藤井が「電車の運転手になりたいと思っていました」と答えると、タモリも「えっ、俺も思っていた。番組で電気機関車を運転したことがあり、興奮しますよ」と語った。両者には意外な共通点があった。
タモリは「謙虚な姿勢とたたずまいの一方で、誰も思いも及ばないAIを超える一手を放つ豪胆さに、凄い人だと感服しております」と、藤井新棋聖に祝福コメントを送ったのだ。