窒息という危機:細胞の暴れ方

 いきなりですが、日本には「絞首刑」という刑罰があります。

 首を絞めれば人は死んでしまう。このところ続いたとんでもない猟奇犯罪でも、首に絞められた跡があったとか、争った跡はなかったといった報道を記憶しておられる読者も多いでしょう。

 絞首刑の場合は頸椎を脱臼させるので、窒息とは話が違う。突然放火などされると、一酸化炭素中毒で亡くなる場合もあります。

 すべてここ数か月の間に日本国内で起きた具体的な刑事事件を念頭にこれを書き始めたのは、サイエンスを身近に感じられるよう、中学高校生向けの教室で話すのと同様にしているからです。

 私自身が中学低学年期に先輩たちから楽しそうに学術の初歩を教えてもらったのと同じマナーで、中学3年頃から同じ芸風で行っています。

 ただ、私がいま子供向けに「首吊り」とか「首絞め」で話をすると、何かと問題になりますから、プールや海水浴で考えてみましょう。

 読者の皆さんは、溺れかけた経験がありますか? 

 自転車乗りを覚えようと思えば転ぶ必要があるし、水泳を覚えようと思ったら溺れかける必要があります。鼻から水が入って苦しい思いをしたりしながら、だんだん人は泳ぎを覚えていく。

 その過程で溺れかけると、私たちはバタバタともがき苦しみます。

「もがく」という言葉は「藻掻く」で、実際に海の中で藻を掻きむしって溺れかける古代の表現かと思います。