がんの経験をきっかけに「診療しているときに、患者さんの希望や大事にしているものは何かについて以前よりも考えるようになりました」とも語ります。

 がんが再発したある患者さんに、分子標的治療の副作用がひどく、その薬を使い続けると家で寝たきりになってしまう、それでも今までに効いた薬はこれだけなので続けましょうと主治医に言われて悩んでいる、と相談されたとき、「あなたの辛さはあなたにしかわからないし、あなたが生きがいだと思っていることもあなたにしかわからない、あなたがご自分で自信を持って判断されれば良いと思う」と話したといいます。

 半面、がん患者さんに対して容赦しなくなったと思うこともあるそうです。「今までは、がんでない自分はがん患者さんに対して遠慮していたと思います。しかし今では、例えば、がんが乳管内にとどまっている非浸潤がんで薬物療法も不要な患者さんが診察時間に長々と転移の不安を話されたとき、あなたのがんは転移する確率がほぼない、きちんと勉強して正しい認識を持つべきだとはっきり言います。

 乳がんで亡くなった有名人がいたので自分もそうなるにちがいないなどという的外れな不安には長々と付き合えなくなりました。

 患者さんの中にはがん告知を受けたら頭が真っ白になる方がいるのはわかります。それでも医師の話をよく聞き、信頼できる資料から情報を集め、病気を正しく理解して受け止め、前向きに対処するべきなのです」と唐澤さんはアドバイスします。

 そして、「治療やがんそのものによる症状は患者さん自身にしかわからない、だから医療者にきちんと話すべき」と重ねて強調します。さらに「患者さん本人も医療者も患者さんの人生の質を考えながら、治療を選び、状況によって柔軟に変えていくことが患者さんにも医療者にも納得できるがん医療のベースだと考えています」とも話します。

 乳がんになったがん専門医、唐澤さんのメッセージには、患者さんと医療者がより良いがん治療を選び、続けていくために大切にしたいことが込められています。

小島あゆみ

慶應義塾大学卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP)で女性誌の編集に携わり、フリーランスに。雑誌やウェブ、書籍で、医療・健康分野や科学関連の記事の編集・執筆を行う。2014年、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。NPO法人からだとこころの発見塾 理事。

*本稿は、がん患者さん・ご家族、がん医療に関わる全ての方に対して、がんの臨床試験(治験)・臨床研究を含む有益ながん医療情報を一般の方々にもわかるような形で発信する情報サイト「オンコロ」の提供記事です。