築城工程の細分化で実現した圧倒的スピード
ドラマでは、秀吉の弟・秀長が墨俣城に砦を築くうえでの課題をリサーチ。実際に現場で困難に直面した人々から話を聞き出している。
「墨俣でござるか……あそこは平地でござってな。敵にはこちらの動きが丸見えでございました」
「最初のうちはさほど攻めてこんかったが、でき上がりまであとわずかという段になって、一気に攻め込まれましてな」
「砦を作りながら、敵と戦うちゅうのは、恐ろしく難儀なことです」
敵から丸見えの位置にある墨俣の地で、斎藤方の妨害をしのぎながら城を築く――。その難しさをうまくセリフにしながら伝えている。
『絵本太閤記』では、秀吉が「7日のうちに墨俣に砦を築いてみせましょう」と信長に宣言。つまり敵に攻撃される前に、スピーディーに砦を築くという作戦だ。そのために秀吉はどんな作戦をとったのか。
後世で「墨俣城伝説」として広く伝わっているその方法について、ドラマでは秀長が分かりやすく説明している。
ドラマの展開としては、考えあぐねた秀吉が急に空腹を訴えると、妻のねねが「急に言われても……」と戸惑う一方で、母は「汁でよければすぐできるよ。下ごしらえしていたネギと里芋があるからね。それを味噌と合わせるだけだで」と快諾。すると今度は、汁づくりをどちらがやるかで母と妻のねねがもめ始めたので、秀吉が「まあまあ二人で作ったらよいでないか」となだめた。
そんな一連のやりとりを見ていた秀長は「汁も砦もおんなじじゃ!」とひらめく。地図で木曽川の上流を指さしながら、こう力説した。
「ここで砦を造る材木を切り出し、運べるギリギリの大きさまで先に組んでおくのじゃ。あとはそれを川を使って墨俣まで運び、一気に組み上げる」
筆者の頭によぎったのは、20世紀に「自動車王」として名を馳せたアメリカのヘンリー・フォードによる大量生産だ。
それまで富裕層の乗り物だった自動車を、フォードが一般向けに安価で売り出したことによって、大ヒット。生産が追いつかなくなると、フォードは自動車作りの作業を単純化、かつ細分化する。そのうえで、複数の工程をこなしていた従業員の作業を一つに絞って担当作業だけに集中させることで、大量生産を可能にした。
ドラマでは秀長の着想となっているが、語り草になっている「墨俣一夜城」で秀吉が行ったとされていることも「工程を分解して見直す」という点では同じ。もし、秀吉や秀長が現代に生きていれば、どんな生産現場にしろ、フォードさながらの大改革を行ったことだろう。