また、賠償についても、連絡や謝罪などは一切ない状態で、こちらから面会を申し出ても『会えない。会いたくない』と言って拒否し続けています。

 日々悪質な交通事故をニュースで見ますが、このような加害者は世の中に沢山いると思っています。罪を犯す人間が一番悪いのですが、この状況を見過ごしている裁判所、検察、警察、国にも大きな問題があると思います」

判決文には加害者の運転に関して「殊更に悪質なものではない」と…

 ちなみに、判決文に記されていた「量刑の理由」は、以下の通りです。一部抜粋します。

『当時12歳であった被害者は、信号に従って横断歩道を自転車で横断していたものであり、特段の過失がないにもかかわらずその生命を奪われたものであって、本件における被害結果は重大である。被害者の父母がそれぞれ当公判廷で述べるように処罰感情が極めて強いことは十分に理解できる。加えて、被告人は、運転していた大型貨物自動車を改造していたところ、その一部は違法なものであったというのであり、交通安全に対する意識が十分であったか疑問がある。

事故現場は学校からほど近いスクールゾーンの小さな交差点。この道を大型ダンプが走行すること自体が危険だ(筆者撮影)

 もっとも、被告人の過失は大きいものではあるが、自動車の運転者であれば誰しも犯してしまう危険性を有している内容のものであって、例えば携帯電話等の運転に関係ない物を注視していた場合のような殊更に悪質なものではない。そうすると、本件は、被害者1名の過失運転致死の事案の中で特に刑事責任が大きいものとはいい難く、実刑に処するほかない事案とまではいえない。

 そして、被告人の勤務先が加入していた任意保険により賠償がされると見込まれること、被害者遺族の感情を和らげるには到底及んでいないものの、被告人が、職業運転手をやめた上、二度と自動車の運転をしないと述べるなどの諸事情を考慮すると、本件においては、検察官の求める刑に処した上で、その刑の執行を猶予するのが相当である』

 裁判官は、本件について、あろうことか「殊更に悪質なものではない」と述べ、さらに、「保険によって賠償が見込まれること」や「二度と自動車の運転をしない」という法廷での被告の言葉を鵜呑みにし、執行猶予を付けた理由のひとつとして挙げていることがわかります。

 晴琉くんのお父さんは悔しそうに続けます。

「証拠映像や音声などをもとに警察の捜査が行われ、その証拠を元に法廷で裁かれるべきなのに、一切の保証がない被告の発言を情状酌量理由にするのはおかしいと思います。裁判の時点で賠償が終わっているなど、すでに行われた事実だけをその理由にするべきです。被告が法廷で述べたことを情状酌量理由として執行猶予を付け、減刑するなら、執行猶予期間中は被告を監視、監督し、執行猶予期間が終わった際に再度、約束が守られているかどうかを確認しないと、法廷で嘘を言った者勝ちになってしまいます。

前カゴがつぶされた晴琉くんの自転車。遺族は今も保管している(筆者撮影)

 法廷で運転免許を再取得しないと誓ったのなら、法的に再取得できないようにするべきですし、無免許運転についても、執行猶予期間中に家族の監督義務を設けたり、国が監視、監督を行ったりすべきではないでしょうか」