誰もが勘違いしていた公明党のメッセージ

 高市政権にとって今回の解散は「維新や国民民主といった『ゆ党』を政権運営から切り捨てる」ための解散だと言っていい。仮に連立を組んでいても、自民党の圧倒的な力で野党どころか、連立相手の主張をもねじ伏せられる、そんな政治を求めたのだろう。

 しかし高市政権は、そのことに気を取られるあまり、本来の野党陣営である立憲や公明のことは、ほとんど眼中になかった。この「公明党への甘い読み」が、今回の「不意打ち」につながったのだと思う(もっともこの読みは高市政権のみならず、政界のほとんどすべてに広がっていたが)。

 連立を離脱してからの公明党からの発信は、政界の間で相当に誤って解釈されていたと思う。

 斉藤鉄夫代表は連立離脱表明直後の昨年10月12日、フジテレビの番組で「自民党と26年間積み重ねてきた信頼関係がある」と述べた。選挙協力については「党同士で推薦することはないが、各地域で人物本位、政策本位で応援していく。地域の信頼関係に任せたい」と語っていた。2025年度の補正予算案については「公明の提案が随所に反映されている」として賛成に回った。

 政界では「公明党は選挙でも自民党への支援を一定程度続けるのでは」「ほとぼりが冷めたらいずれは与党に戻るのでは」といった、自民党にとって楽観的な観測が流れていた。決定的な勘違いを生んだのが、斉藤氏が1月8日の党会合で語った、この言葉ではなかったか。

「国民の信頼を勝ち得れば、再び与党として政策実現で力を発揮する。そのことを目指して再出発したい」

 筆者は軽い驚きを覚えた。「国民の信頼を勝ち得て与党になる」とは、自民党との政権選択選挙に勝つ、ということなのか。そうでなければ「再出発」などという言葉は使わないはずだ……。

 だが、この「再び与党として」を、政界関係者の多くが「自公連立への復帰」と受け止めた。「支持母体である創価学会とのあつれきが生じるのでは」との解説もみられた。確かに、直前の補正予算案賛成などを見ていれば、その受け止めも自然だったのかもしれない。

 しかし斉藤氏は翌9日「今の自民党政権に戻るとの意味では全くない。中道改革勢力を結集し、私たちが政権を担える政治を目指すということだ」と、記者団に真意を説明した。

 ちなみに、高市政権の冒頭解散報道が流れたのはこの日の夜。立憲と公明が合流新党「中道改革連合」を総務省に届け出たのは16日、冒頭解散報道の1週間後のことだった。

 斉藤氏の8日の発言の真意が正確に伝わっていたら、果たして「冒頭解散」情報はこのタイミングで、こんな形で表に出ただろうか。