官僚主導・利権構造を生む懸念

 もう一つ心配な点を挙げれば、官僚主導への逆戻りである。

 日本の戦後レジームは占領時代に作られたものだけでなく、昭和15年前後に戦争遂行の国家目的に奉仕するため出来上がったものも多い(野口悠紀雄・1940年体制)。企業を徴収代行義務者とした源泉徴収制度、法人税、地方配布税(交付税)、地域独占で9社にまとめた電力国有化、米の全量国家管理、等々。

 統制経済を遂行するために組織された「統制会」は、戦後に経団連へと姿を変える。戦後日本を代表する大手製造業は、当時の軍需産業として骨格が作られた。食管法のもとにおける米の供出団体は農協の原型。新聞は一県一紙で、全国紙は5紙。戦前は資本市場の資金調達は普通だったが、間接金融にシフトし、金利も統制に伏するようになった。

 私が第一次安倍内閣で公務員制度改革を担当して分かったことだが、官僚の天下り慣行や年功序列人事もこの頃始まっている。例えば、国家が住宅供給に乗り出し、「住宅営団」(現在のUR)を作り、天下る。組織への従属強化のため官僚人事も年功序列化した。安倍内閣は官僚制度改革で国家経営のイノベーションを起こそうとした。しかし、これも未完。

 私にとって1940年体制の転換は、初当選以来の自分に課したミッションだった。軍事ケインズ主義や軍民両用デュアルユースは基本、1940年体制に親和性がある。如何に逆戻りさせないシステムを構築するかが鍵である。

 サナエノミクスが掲げる17成長分野の具体的事業選定や補助金・交付金配分を官僚任せにしてしまうと官僚統制・利権構造が新たに生まれる。期間限定にしないと無駄な事業が延々と続く恐れがある。KPI(Key Performance Indicator 重要業績評価指標)による評価制度が不可欠だ。

 1940年体制は官僚内閣制で責任の所在が曖昧だった。真の政治主導は官邸主導に他ならない。だが、それは高市総理が全てを抱え込むということではない。

 総理秘書官・補佐官の数は増えたが、政治家と官僚のリエゾン・オフィサー(橋渡し役)は今の体制で充分だろうか? 大臣には補佐官もいないし副大臣には政務秘書官すらいない。

 日本では総理が変わると全て急ごしらえで体制ができる。官邸官僚(事務の官房副長官・副長官補・事務秘書官等)も政治任用はない。故に官僚主導が続く。そんな中でも高市総理は、夜寝る時間を減らす「働いて×5」の労働型リーダーシップだが、よくやっていると思う。

 しかし、高市総理も生身の体。政治任用の側近拡充(国家戦略スタッフ)は急務だ。もちろん、忠誠心が出身官庁を向いた官邸官僚との軋轢は起きる。なので官僚のレトリック・裏技・埋め込まれた地雷も見抜く「日の丸官僚」の任用と、民間選抜の混成部隊が良い。各省縄張り利権に対する歯止めの仕掛けが必要なのだ。