治安悪化が経済の足かせに

 専門家は「ドイツ債務残高の国内総生産(GDP)に占める比率は昨年の62.5%から2029年に80.3%に上昇する」とみており、通貨ユーロの安定化のために定められたルール(債務残高をGDPの60%以下に抑える)を逸脱するのは時間の問題だからだ。

 足元はユーロ高だが、今後、ユーロ安に転じれば、ドイツを始め欧州諸国は輸入インフレに見舞われることになるだろう。

 ドイツの政界が反移民に大きく舵を切っていることも気がかりだ。

 5月に首相に就任したメルツ首相にとって「目の上のたんこぶ」は、移民排斥などを訴えて支持を伸ばす「ドイツのための選択肢(AfD)」だ。移民政策に寛容な中道左派の社会民主党(SPD)と連立を組んだものの、AfDに票を奪われないことを意識しすぎるあまり、反移民政策を強力に推し進めている印象が強い。

 ドイツで移民問題が治安問題として認識されるようになっていることが背景にある。

 ドイツ各地で年末のクリスマス市場が開かれているが、昨年に起きたサウジアラビア出身の男が運転する車両暴走による大量殺傷事件などを教訓とした対策強化で経費がかさみ、市場の開催を中止する自治体も出ている。

 だが、移民排斥が進めば、ドイツが労働力不足を陥ることになるのは間違いない。

 治安の悪化は移民だけが原因ではない。AfDの台頭もドイツの治安悪化を招く一因となっている。極左活動家がAfDの集会で暴徒化して警官隊と衝突する状況も日常化しているからだ。ドイツ北部ハンブルクで11月3日、AfDの有力議員の車が放火される事件も起きている。犯人は特定されていないが、極左活動家の犯行だとの説が有力だ。

 日本ではあまり知られていないが、トランプ米政権が問題視している反ファシズムを掲げる極左運動「アンティファ」は1930年代のドイツで始まったとされている。

 ドイツも米国と同様、暴力が蔓延する社会になってしまうのかもしれない。

 経済の話題に戻すと、ドイツの11月のインフレ率が2.6%と前月(2.3%)から加速していることも気になるところだ。

 財政拡大に伴う通貨安や反移民政策がもたらす労働力不足、治安の悪化がインフレを再燃させ、ドイツ経済がスタグフレーション(不況下の物価高)という最悪の状態に陥ってしまう可能性は排除できなくなっているのだ。 

 財政拡大や移民反発の風潮は日本も同じだ。二の舞とならないよう、ドイツの今後の動向について、最大の関心を持って注視すべきだ。

藤 和彦(ふじ・かずひこ)経済産業研究所コンサルティング・フェロー
1960年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。通商産業省(現・経済産業省)入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。2003年に内閣官房に出向(エコノミック・インテリジェンス担当)。2016年から現職。著書に『日露エネルギー同盟』『シェール革命の正体 ロシアの天然ガスが日本を救う』ほか多数。