後田は、事の始まりをこう振り返る。

「蓋を開けてみると、大変な赤字で、労力も非常にかかりました」

 2023年、イタリアから帰国した彼は、故郷への恩返しとして市に第九の公演を持ちかけた。初年度こそ市から業務委託された企業が運営する西条市総合文化会館の主催で開催されたが、採算性と他団体への公平性の観点から、文化会館は2年目以降の主催を断念した。

 通常であればここで話は終わる。しかし後田は、自ら代表となって「西条第九運営委員会」を立ち上げた。行政の手を離れ、市民手作りの自立した興行としての再出発だった。

 運営委員会の顔ぶれは多彩だ。副代表は後田の中学時代の恩師である元音楽教諭。他にはピアノ講師、税理士事務所に勤務する女性など、職業も年齢もばらばらな市民たちが集う。共通しているのは「音楽が好きだ」という一点のみである。

 資金集めも彼らが自らの足で駆けずり回った。地元企業を回り、プログラムの広告協賛を募る。大手から地域の商店、病院まで17社が名を連ねた。それでも総予算350万円には遠く及ばない。合唱団員の参加費、チケット代と協賛金、そして昨年の繰越金を合わせ、ようやく収支が均衡するかどうかの状態だ。「万が一赤字になった場合は、私のポケットマネーで補います」と後田は言う。一人の音楽家が背負うには重い覚悟といえるだろう。