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4月27日~5月5日にかけて、東京国際フォーラム(東京都千代田区)および東京・丸の内エリアにおいて「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン『熱狂の日』音楽祭2012」が開催される。
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンは2005年から開催されているゴールデンウイーク恒例のクラシック音楽祭である。今年のテーマは「サクル・リュス(ロシアの祭典)」。チャイコフスキー、ストラヴィンスキー、ラフマニノフ、ショスタコーヴィチ、プロコフィエフなど、19世紀から現代までのロシア音楽の歩みを、約350の公演(有料公演は約150)によって紹介する。
「『熱狂の日』音楽祭2012」のアンバサダーの1人を務めるロシア文学者、東京外国語大学長の亀山郁夫氏に、ロシア音楽の魅力について話を聞いた。
ロシア音楽とは切っても切れない大地の感覚
──2月に発行された著書『チャイコフスキーがなぜか好き 熱狂とノスタルジーのロシア音楽』の中で、ロシア音楽の特質、特有の感覚を生み出す要素として、「熱狂」と「ノスタルジー」というキーワードを挙げていますね。
亀山郁夫氏(以下、敬称略) ヨーロッパとロシアの間には深い溝があります。その溝の正体は何か、さらにロシアとは何か、ロシア音楽やロシア精神とは何かについて考え続けた結果、浮かび上がってきたのが「熱狂」と「ノスタルジー」という2つのキー概念です。
熱狂の気分や狂騒の雰囲気は、チャイコフスキーの序曲「1812年」やムソルグスキーの「はげ山の一夜」などに見ることができます。
ただし、その熱狂がどこから来ているかは、作曲家の世界観によって様々です。ある作曲家にとって熱狂というのはロシアの南の部族の戦闘的な精神だったり、ある人にとってはコサックの激しい踊りだったりするわけです。また、ある人にとっては中世の非キリスト教的なしきたりであったり、魔女的なものであったりする。そういう諸々のモチーフを通して熱狂というものが音楽に表れてきます。
一方、ノスタルジーはロシア人のアイデンティティーであり、不変のものだと思います。「ノスタルジー」という言葉は「帰郷」と「痛み」の合成語です。つまり「帰郷を許されない痛み」ということですね。でも、僕はこの本で、もっといろいろな意味を含ませています。