2022年1月、イタリア・ミラノにて、オーケストラ・フィラルモニカ・イタリアーナと共演する後田翔平氏 (c)Alberto Panzani
(小谷 隆:コラムニスト)
行政の手を離れ、市民が育む持続可能な芸術
師走が近づくと、日本列島では独特の現象が起こる。各地でベートーヴェン交響曲第九番、通称「第九」の演奏会が行われるのだ。プロのオーケストラから市民団体に至るまで、12月だけで200~300回行われるといわれている。
世界的に見ても極めて特異なこの現象の中で、四国・愛媛県西条市において、一人のオペラ歌手が静かに、しかし確固たる信念を持って活動を続けている。
彼の名は後田翔平(うしろだ・しょうへい)。イタリア・パルマでの研鑽を経て、欧州の歌劇場文化を肌で知る35歳のテノール歌手である。なぜ彼が、人口10万人ほどの地方都市で、市民と共に汗を流し、赤字のリスクを背負ってまで「第九」を作り上げようとするのか。そこには、欧州の真似事ではない、日本独自の文化のあり方と、持続可能な芸術の未来への模索がある。
自噴水が湧く街で始まった挑戦
西日本最高峰・石鎚山の麓に位置する西条市は、「うちぬき」と呼ばれる自噴水が街の至る所で湧き出る水の都である。今年(2025年)12月14日、1200人を収容する西条市総合文化会館で、第3回となる「西条第九演奏会」が開催される。

