1年をかけて作り上げる熱量

 彼らを支えるオーケストラもまた挑戦者である。今年演奏を担当するのは「伊予管弦楽団」。2020年に松山市で結成され、2023年第1回の定期演奏会を開催したばかりの楽団だ。西条市には常設のオーケストラが存在しないため、後田がオファーを出した。

 プロのオーケストラは、限られたリハーサル回数で完成度の高い演奏を提供する。対してアマチュア主体の楽団や合唱団は、一つの公演に向けて数カ月から半年以上の時間を費やす。西条でも8月から練習を開始し、市内の中学校や体育館を練習場所として転々としながら準備を進めてきた。技術的な完成度という点ではフルプロフェッショナルの公演にはとうてい及ばないかもしれない。しかし、特定の楽曲に対して長期間の修練を積み重ねることで生じる熱量と、地域コミュニティそのものが舞台を作り上げるというプロセスには、純粋な芸術鑑賞とは別の社会的意義も存在する。

 後田は言う。

「プロの団員は何百という公演をこなしますが、彼らはこの一日のために1年をかけている。その爆発力は凄まじいものがあります」

 ヨーロッパではアマチュアとは明確に区別される「プロの領域」に、日本の市民は参加費を払ってでも足を踏み入れ、プロと同じ舞台に立つことを求める。イタリアから来日した歌手たちも、このシステムを見て「素晴らしい文化だ」と評している。階級社会的な芸術の分断がある欧州に対し、日本では市民が主体的に関与し、プロと対等な視線で音楽を共有する土壌があるのだ。

子供たちに見せたい、大人の背中

 後田の活動を支えているのは、単なる音楽的な成功ではない。「コロナを終え、戦争があり、暗いニュースが多い。そんな中で、大人が年に1回集まって、高らかに平和を祈る歌を歌う。その姿を、子供たちに見せたいんです」。