欧州とは異なる「日本のやり方」

 イタリアやドイツにおいて、クラシック音楽やオペラは国や地域のアイデンティティそのものであり、行政や企業が潤沢な資金を投じるのが通例だ。そこでは「プロフェッショナル」の領域は厳格に守られており、アマチュアがプロと同じ舞台に立ち、対等な演者として作品を構成することは稀である。

「国が文化を守ろうとしても、日本ではクラシック音楽まで守る余裕がない。文化的な背景が違います。だからこそ、日本には日本のやり方がある」

 後田が見出した「日本のやり方」。それは、プロとアマチュアが垣根を超えて共創する、独自のスタイルだった。ここで機能しているのが、日本特有の「参加型興行」のメカニズムである。

 今年、ステージに立つのは総勢約200名。その中心となる合唱団120名は、完全な一般公募で集まった。農作業の合間に歌詞を覚える農家、30年来コーラスを続けるベテラン主婦、初めてドイツ語に触れる会社員。多様ではあるが、誰もが第九を歌うことに真剣な市民たちだ。

 クラシックの本場である欧州の感覚からすれば、演者が参加費を払って舞台に立つことは異質に映るだろう。しかし日本ではカルチャースクールやお稽古事の文化が根付いている。月謝を払い、プロの指導を受け、その成果発表として舞台に立つ。この「習い事」の延長線上に大規模な公演を位置付けることで、興行における最大の固定費である「出演者」を、逆に「収入源」および「チケットの販売チャネル」へと転換している。

 後田はこの仕組みを「ウィンウィンの関係」だと捉えている。市民はプロのソリストやオーケストラと共演するという、個人では実現困難な体験を得る。一方でプロの音楽家は、演奏の機会を得ると同時に、アマチュアの参加費や動員力によって公演の採算性を確保する。西条の事例では、総予算約350万円に対し、協賛金やチケット収入に加え、出演する市民の「参加費」も重要な資金源の一つになっている。