日本が科学立国として復活する4つの視点

 では、日本が再び科学立国としての存在感を取り戻すためには、何が必要なのだろうか。

 今回のシンポジウムで見えた課題を咀嚼すると、この国を変えるためには4つの視点からのアプローチが重要だ。

 第一に必要なのは、インフラ面の改革である。研究費と人件費は研究を下支えする基盤になる存在と言っていい。挑戦的な研究は失敗のリスクを伴うが、そのリスクを恐れずに踏み出すためには生活の安定と研究を継続できるだけの資源が保障されることが重要だ。

 若手研究者に対する研究費の増額がうたわれるが、若手だけでなく、中堅、そして、大御所の研究者が萎縮した状態では実のある研究につながらない。先輩らの課題が大きければ、若手研究者も細りかねない。

 前述のように、研究者が研究以外の業務で疲弊しないよう、研究支援スタッフを充実させることも必須と考えている。事務作業や行政手続き、設備管理といった業務を専門スタッフが担えば、研究者は本来の仕事である研究に集中できる。

 次に欠かせないのは、キャリアの構造改革だ。具体的には、若手研究者に積極的に独立の機会を与えることだと考えている。

 アメリカでは30代前半で自らの研究室を持ち、独自の研究テーマを展開することが当たり前だが、日本では40代後半や50代になってようやく独立するケースが多い。遅さは弱さになり得る。

 若手の創造性を伸ばす機会を奪わず、若い研究者が自らの裁量で研究を推進し、失敗を経験しながら成長していく文化を育てることが不可欠だということだ。

 さらに重要なのは、都市と社会環境の整備。ボストンやサンフランシスコで見られるように、研究者同士が自然に混ざり合い、協働が生まれる都市や環境を整備するという視点は抜け落ちがちだ。大学・研究所・企業・投資家が物理的に近接した「研究クラスター」の存在がほしい。

 異分野の研究者や企業研究者が日常的に出会い、議論し、翌日には共同研究が始まるような環境は、日本ではまだ十分に整っていない。地理的距離が縮まれば、人と研究は自然に混ざり合い、新たな発想やイノベーションが生まれやすくなる。

 最後に、日本にとって不可欠なのは、文化や人材育成の仕組み改革。具体的には留学の振興だと考える。これを「特別な選択肢」ではなく、研究者としての成長の自然な一歩として位置づけることである。

 世界トップレベルの研究現場に身を置くことは、視野や技術、思考の幅を広げ、研究者としての基盤を大きく強化する。異なる文化や研究環境を知ることは、日本の研究の閉塞感を打ち破る上でも極めて重要であり、今後の人材育成の中核に据えるべき取り組みだと言える。

 これらの改革はどれも、単一の大学や研究室だけで成し遂げられるものではない。しかし、科学立国として復活するためには、国として研究環境を大胆に再設計し、若手が希望を持って研究に打ち込める社会をつくることが不可欠である。

 才能は日本にも確実に存在している。必要なのは、その才能が最大限に花開くための土壌を整えることであり、それこそが日本が再び世界をリードする科学技術国家となる道筋である。

【参考文献】
大学等におけるフルタイム換算データに関する調査
令和5年度大学等におけるフルタイム換算データに関する調査
Budget Research for the People(NIH)
Results of the Survey of Research and Development(Statistics bureau of Japan)

齊藤康弘(さいとう・やすひろ)
 慶應義塾大学政策・メディア研究科(先端生命科学研究所)特任准教授として乳がんの基礎研究に携わる。2018年に慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特任講師に着任する以前は、米国Beth Israel Deaconess Medical Center / Harvard Medical SchoolでResearch Fellowを務め、その前にはHuman Frontier Science Program Long-term FellowとしてカナダのPrincess Margaret Cancer Centreに在籍。2014年には株式会社ディー・エヌ・エーのDeNAライフサイエンスに入社し、遺伝子解析サービス「Mycode」の開発に従事。2011年には東京大学大学院医学系研究科 微生物学教室 助教として、胃がん発症の分子機序を研究した。北海道大学大学院理学院博士後期課程を修了(2011年)し博士号を取得。同大学院水産科学研究科博士前期課程修了(2006年)。同大学水産学部生物生産科学科卒業(2004年)。株式会社ステラ・メディックスのサイエンティフィックアドバイザーとフリーランスのサイエンティフィックライターとしても活動している。

慶應義塾大学政策・メディア研究科先端生命科学研究所分子腫瘍グループ(齊藤康弘ラボ)
Institute for Advanced Biosciences, Keio University Molecular Oncology Group