当初の苦境の中、マーク・カーニー首相は、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)という制度枠組みや、米国の産業がカナダの天然資源に依存していることなどを盾として、トランプ大統領による貿易圧力をある程度かわすことに成功した。この実績は、私たちにとっても示唆的である。また、現在では、カーニー首相は、より妥協的な言葉使いと、柔軟な現実主義をもって、トランプ大統領との関係再構築に成功していると言ってもよいだろう。

 最近のブルームバーグのインタビューにおいて、カーニー首相はカナダが採っている3つの戦略を明らかにしている。

 第1に、カナダの経済的自立の強化である。カーニー首相の戦略の核となるのは、カナダは、米国が奪い去ることができるものよりもはるかに多くのものを自国で生み出すことができるという考えだ。カナダは米国からの圧力に対して再び弱い立場に陥ることがないよう、「一つのカナダ経済」を構築するために大きく動き出している。

 第2に、カナダは、米国一国のみに依存しない、他の諸国やパートナーとの多角的な経済関係構築という戦略的な方向転換を進めている。カナダの貿易輸出はその約77.6%(2023年)が米国に依存していることから、多角化は避けて通れない。また、このカナダの方針転換は経済分野のみに限らない。例えば、この6月に調印されたカナダとEUの安全保障パートナーシップは、カナダが米国への軍事依存を静かに見直そうとしている表れでもある。

 第3に、カナダは、米国との交渉においても、カナダの競争力がいかに米国にとっても有益であるかを強調し始めている。特に来年(2026年)夏にレビューが予定されているUSMCAの再交渉に際して、カナダは米国との経済的連動性を戦略的に提示し、カナダ、米国、メキシコという3カ国の経済統合が、米国の競争力にとって不可欠であることを明確にしようとしている。カーニー首相は、鉄鋼や自動車などの分野では米国・カナダの連携が密接であり、カナダ産の完成車に含まれる米国産部品の割合が、平均的な米国産車に含まれる米国産部品の割合よりも高いという事実を挙げ、カナダがこれらのセクターで「アメリカをより強くしている」と主張している。

 こうしたカナダの戦略は、日本にとっても十分に参考になる。例えば、米国も重視している経済安全保障分野での制度構築を日本が主導することは、日米間の制度的結び付きをより強固にするだろう。先端技術分野でのサプライチェーンに関する協力などの提案は、トランプ政権を制度的な連携の舞台に引き戻すことにつながろう。「トランプ大統領が制度を嫌う」と決めつけるのは誤りである。こうした制度的枠組みがトランプ大統領自らの成果として語れる形で提示されれば、米国はむしろ積極的に乗ってくるに違いない。

 同時に、カナダほどの米国依存度ではないにせよ、日本も、米国のみに頼らない、全方位的な経済・貿易関係の構築を官民双方が行う必要があるだろう(例えば、フォーリン・アフェアーズに寄稿された寺澤達也・日本エネルギー経済研究所理事長、元経済産業省審議官の“How Japan─and Other U.S. Allies─Can Work Around America”は、この点で多くの示唆に富んでいる)。すなわち、米国、欧州、アジア止まりで安住するような、これまでの日本的発想をゼロから見直す必要がある。日本は、広大な地域に広がるグローバルサウスの国々のポテンシャルに真剣な眼差しを向けるべきということだ。