人間の体内時間は25時間?
この本は12の感覚を解説した12章から成っており、時間感覚は第10章「ゴミグモと人間の時間感覚」でとりあげられている。その章の冒頭に紹介されるのは「人間目覚まし時計」ではなくて、題名にある「ゴミグモ」だ。はぁ?ゴミグモ?なんやねんそれは。聞いたことないぞ。
ゴミグモは、「捕まえたハエを殺してばらばらに分解し、それを部品に組み上げた巣」を作り、その中で過ごす習性をもった1センチほどの小さなクモだ。なんだかホラーのような巣だが、なんと毎日早朝、午前2時から4時の間にゼロから巣を作り直しているという。なんとマメなんだ。その極めて正確な日課から、植物の、そして、人間の概日リズムへと話は進む。
信じがたい実験に突入した人がいた。「洞窟に入って孤立し、しばらくの間過ごす」というものだ。しばらくといっても二カ月だから、とんでもない長さである。後に記録は更新され世界記録は205日にまで伸びたが、その危険性から今では違法になっているらしい。さらなる科学的成果も加え、外部からの刺激がない場合、人間の体内時計は24時間ではなくて25時間であることが知られている。
次に紹介されるのは、戦争により頭部に損傷をうけて失明しただけでなく、時間の感覚がまったくない「時盲」ともいえる状態になったケースである。そのような症状があるということは、体内時計を「リセット」するメカニズムがあるはずだ。
しかし、網膜の視細胞として知られる桿体細胞と錐体細胞の両方がないマウスでもリセットされる。不思議ではないか。最終的には、まったく光を感じなくしたマウスの研究などから、物を見るのには役立たないが、体内時計をリセットするために必要な光受容細胞である「感光性網膜神経節細胞 pRGC」が網膜に存在することが突き止められる。そして、話はふたたびゴミグモの体内時計にもどる。
リチャード・ドーキンスの弟子の真骨頂
この本、どの章も、まずは特殊な感覚を持った動物が紹介される。そして、それと同じような感覚を人間も持っているのですよと話は進み、さらに、その研究分野の展開がわかりやすく説明されていく。さすがは『利己的な遺伝子』(紀伊國屋書店)の著者、あのリチャード・ドーキンスの弟子だけのことはあって、その手際はじつにお見事だ。
といっても研究以外に文筆の指導まで受けたかどうかはわからないが、なにしろ話が面白い。それに、かなり専門的なことまでもわかりやすく説明してくれる。あちらへこちらへ振り回された後、見事に着地させてくれるのは大いなる快感だ。
鳥目のフクロウが暗闇で獲物を捕らえられるワケ
「ホシバナモグラと人間の触覚」、「ナミチスイコウモリと人間の快感と痛み」、「ブラッドハウンドと人間の嗅覚」、「オオクジャクヤママユと人間のフェロモン」、「チーターと人間の平衡感覚」、「マダコと人間の身体感覚」など、12ある章のどれもが面白いのだが、もうひとつだけ、第3章「カラフトフクロウと人間の聴覚」を紹介しておこう。フクロウは「鳥目」のはずなのに、どうして暗闇で獲物を捕らえることができるのか?
その答えは聴覚による音源定位である。獲物が動くと音をたてる。その音を耳でキャッチするのだが、左右の耳でわずかな時間差がでる。その位相差を利用しているのだ。
想像でしかないが、おそらく、フクロウは我々が物を見るごとく、聴覚で物を見ていると考えられている。この研究は、カリフォルニア工科大学におられた今は亡き小西正一先生によるところが大きい。大昔、音源定位研究用の無音室を見せていただいたことが懐かしい。
トピックスは大きく展開し、その間なにも音が発されないというジョン・ケージ作曲の有名な「四分三十三秒」へ、そして、フクロウはなぜ小さな音も聞くことができるのかへと続いていく。
とはいえ、人間にはそんな能力がないではないかと訝っていると、視覚に障がいのある人は、顔から数インチ以内にある物体の存在を認識できるという。その正体が聴覚だった。なんと、この能力は晴眼者にも備わっていることが、真っ暗闇での研究から確認されている。
考えてみれば、それ以前に、フクロウほどではないが、我々だって、音の来る方向がわかるではないか。