風化する社会主義時代の記憶
シミオン氏が大統領に当選すれば、投資家は間違いなく厳しい評価を与える。そのためシミオン氏は、投資家に対して配慮を見せざるを得なくなるだろう。
一方でシミオン氏は、国民に対するアピールや自らの政治理念に基づき、投資家に嫌気される政策を続々と展開する恐れも大きい。実際にそうなれば、投資家の評価は一段と厳しさを増す。
政情不安が経済不安を生み出し、国民の生活を蝕むことは、当のルーマニア国民自身が社会主義時代にいやというほど経験してきた事実だ。しかし2008年にEU加盟を果たし、ヨーロッパの一員となったことで、そうした日々の記憶は確実に風化されたようだ。むしろ今では、19世紀までバルカン各国を蝕んだ領土拡張主義に回帰する始末だ。
米トランプ政権のブレーンらは、いわゆる「相互関税」に代表される一連の経済政策に関して甘過ぎる展望を描き、早々に軌道の修正を迫られている。一種のプラグマティズムが働いた点は米国の強みだが、そうした力学がルーマニアで働くかは定かではない。
いずれにせよ、各国で勢いを増すトランプ流は、かつての記憶が風化しているという象徴なのだろう。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
【土田陽介(つちだ・ようすけ)】
三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)、『基軸通貨: ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)がある。