「外したらどうしよう」という不安と闘いながら研究していた

──次期流行株予測やウイルス進化予測が的中すると、嬉しいですか。

伊東:もちろん嬉しいですが、コロナ禍の最盛期はむしろ「外したらどうしよう」という不安と闘いながら研究していました。

 先ほど次期流行株予測のところで、私たちの予測をもとにさまざまな専門の研究者がその変異株の研究をするとお話ししました。研究にかかわる研究者の数は、最盛期には100人近くになっていたと思います。

 つまり、私たちが予測を外したら、100人の研究者の貴重な努力と時間は水の泡になるということです。最終的な目的でもある「パンデミックを制御する」という社会還元もできません。

 やりがいはありますし、社会貢献度の高い研究ではありますが、だからこそ、胃が痛くなる場面もある研究です。

──今後は、どのような研究をしていく予定ですか。

伊東:新型コロナウイルスの研究もひと段落し、また研究チームの人員も増えたことから、現在は季節性インフルエンザの抗原性(※)を予測するPLANTというAIの開発など、さまざまなウイルスを対象にした研究も同時並行で行っています。

※ある物質が免疫系に認識され、抗体などの免疫反応を引き起こす性質のこと。

 インフルエンザウイルスの抗原性は常に進化しています。ウイルスの自然感染や、ワクチン接種によって集団免疫が形成されると、その免疫から逃避する方向にウイルスは進化していきます。

 そのため、効果的なワクチンを開発するためには、流行株に合わせてワクチン抗原をアップデートし続ける必要があります。

 PLANTは、新しく出てきた免疫逃避株の同定や、ワクチン株のスムーズな選定を可能にします。また、どのような変異を獲得することで免疫逃避をするのかということまで知ることができます。

──研究を通して、実現したい夢や目標がありましたら、教えてください。

伊東:インタビュー前編でもお話ししたように、私たちはウイルス感染症制御に資するようなバイオインフォマティクス・AI技術をつくるというミッションを掲げています。

 今回お話しした、次期流行株予測やウイルスの進化予測は、その中の1プロジェクトです。次期流行株予測やウイルスの進化予測以外では、先ほどお話ししたようなウイルスの抗原性の予測やワクチン抗原設計のための生成AIの開発、パンデミックリスクの高い動物ウイルスを同定する手法の研究などを行っています。

 このような包括的な方向から、ウイルス感染症を制御できるような技術を構築していきたいと考えています。これまで、いろいろな分野の専門家の「こういう技術があると嬉しい」という声に耳を傾け、その課題解決をするための技術開発をしてきました。

 今後もそのような方針で、「あったらいいな」をカタチにして、それを実際に使って解析し、面白い発見をしていきたいと考えています。

 最後になりますが、本日お話しした研究内容は、私のチームに属する約10人の若手研究者、G2P-Japanのメンバーの先生方、そして私の上司である佐藤佳先生とのコラボレーションなしでは成し得なかった研究です。皆様にはこの場をお借りして心から感謝申し上げます。

伊東 潤平(いとう・じゅんぺい)
東京大学医科学研究所感染・免疫部門システムウイルス学分野准教授
2015年 山口大学農学部獣医学科卒業。2018年 総合研究大学院大学生命科学研究科遺伝学専攻博士課程修了(理学博士)。京都大学ウイルス・再生医科学研究所特定研究員、東京大学医科学研究所感染・免疫部門 システムウイルス学分野助教などを経て、2024年より現職。令和6年度 文部科学大臣表彰若手科学者賞。

関 瑶子(せき・ようこ)
早稲田大学大学院創造理工学研究科修士課程修了。素材メーカーの研究開発部門・営業企画部門、市場調査会社、外資系コンサルティング会社を経て独立。YouTubeチャンネル「著者が語る」の運営に参画中。